その5
「大丈夫かい? どうやら、かなり落ちたらしいね」
スプリングの街で購入した剣を鞘におさめたハヤトが、顔を上に向けた。天井が見えないくらい高い。ほんの少しばかりだが、かなり上方からほのかに光が差し込んでいる。ハヤトはマヤの名を呼んだが、声が返ってこない。
「まいったな。ダンジョンに入っていきなり離ればなれになっちまったよ。コリン、この場所についてはわかるかい?」
コリンは首を横に振った。
「ここは、全く知らない。こんな罠や空間があるなんて、今まで聞いたこともない。そもそも、遺跡はほとんど一本道のはず。こんなの、ありえない」
「ありえないって言っても、実際俺たちはそこにいるんだぜ」
コリンはあまり表情には出していないが、少しばかり声が震えている。動揺しているようだった。
「ルドルフ様と来た時も、ソルテスと来た時も、こんなことはなかった……。ここは私の知ってる遺跡じゃ、ない」
そう言われて、ハヤトはなんとなくファロウのほこらのことを思い出した。
あの場所も、元はただの小さな洞窟だったと、ロバートが言っていた。
「ソルテスがやったのかもしれないな。前にも似たようなことがあった」
「ソルテスが……」
「とにかく、進まないことにはなにも解決しないよ。とりあえず、精霊のいる方向まで向かおう。たしか、あっちだったよね?」
「逆。私についてきて」
コリンは“魔力”を練って、手のひらを光らせた。その灯りを頼りに、二人は歩き始めた。
幸い、通れそうな通路を見つけたので、二人はそちらへ向かった。
「このまま進んでみよう。ファロウの時も、それでなんとかなった」
「……どうしてさっき、私を助けたの」
コリンは、振りかえらずに言った。
「どうしてって、モンスターにやられそうだったからだろ」
「違う、その前。あの砂の罠がもし即死するようなものだったとしたら、あなたは意味もなく死んでいた。さっきみたいな状況では、私を見捨てるべきだったと思う。あなたの判断は、すごく非合理的」
「ずいぶんキツいな。なんというか、体が勝手に動いてたんだよ。でも君があの時に俺の手を取っていれば、非合理的な判断をする必要もなかったし、無駄な戦闘も避けられた。どうして掴んでくれなかったんだ?」
「言ったばっかり。私は、あなたを信用していない」
「……別に、信用してくれなくてもいいけどな」
二人が砂を踏む音が、通路に響く。
ハヤトは、しばらく間を置いて言った。
「自分のことを……そんな風に言うなよ。見捨てていい人間なんていない。どうして君はそう、つっかかるんだ」
「私は、ソルテスを信じているから。あなたが勇者だなんて言われても、簡単には信じられない。ルドルフ様がなんと言おうと、それだけは変わらない。ソルテスがベルスタを襲撃しただなんて話も、あなたたちが作った嘘だと思ってる」
「そうか……。できれば俺も、そうであってほしい」
コリンは少しいらついた様子で振り返った。
「意味が分からない。あなたは、彼女を倒すんでしょ」
「倒すつもりでいなきゃならないのは事実だ。ソルテスがベルスタを襲ったのも、この目で見たからな。……あいつは、この世界で何かよくないことをしようとしている。だから、やめさせなきゃならない。そして……連れて帰らきゃ」
「連れて、帰る……?」
「ああ。故郷にね」
コリンは少々、驚いた様子だった。ハヤトは続ける。
「ベルスタでは、ソルテスは散々な言われ方をしていた。まあ、当然だろうけど……でも、このザイドだと、ルドルフさんも、君も。あいつを信じてくれている。それは、俺にとって希望なんだ」
「どういうことなの」
二人の目が合う。ハヤトは、その目をしっかりと見て言った。
「悪いが、はっきりとは言えない。でも俺は……魔王を倒して、ソルテスも救いたいと思っている」
コリンはそこで、ため息をついた。
「よくわからないけれど……その考えは、甘いと思う」
「そう言われてもいい。俺は俺のやりたいように続けるさ」
桃色の瞳が、揺れた。
彼女は、ぼそりと言った。
「でも……少しだけ、ソルテスに似ている」
「えっ、なんだって?」
「なんでもない。急ぎましょう」
コリンはきびすを返した。