その3
「ここが、精霊の遺跡……」
バドルから降りたハヤトは、目の前の光景に圧倒された。
砂漠の中に、大きな裂け目ができている。
裂け目の中からは、うす暗い“魔力”の霧のようなものが立ちこめていた。
一行は、精霊が眠るというザイド・サマーの遺跡に到着した。
「すごい“魔力”を感じるの。ちょっと怖い“魔力”なの……」
フードを深く被っているルーは“魔力”の霧を警戒しているようだ。ハヤトは彼女の頭に手を添えてやる。
確かに、禍々しい力を感じる。楽しい場所でないことは確かのようだった。
「どちらにせよ、俺たちはここを歩いていかなきゃならない。みんなで行けば、大丈夫だよ」
「おおっ、さすがは勇者様。言うことが違うね」
ハヤトは、結局ここまでついてきてしまったジョバンニに振り返った。
「ジョバンニさん、ここからは本当に危険かもしれません。もし、強いモンスターや魔王軍とはち合わせても、俺たちは責任を取れない」
ジョバンニは笑顔を作る。
「問題ねえ! 本当なら一人で来るつもりだったんだ。もう迷惑はかけねえ。助けてくれて、ありがとな。この恩は忘れないぜ」
そう言うと、彼は走って裂け目に向かって降りていった。
「あーあ、本当に行っちゃったよ」
「ハヤト君、ああ言ってるんだ。俺たちも気にせず進もう」
荷物とバドルの番をシェリルに任せ、外套をぬいだハヤトたちは霧の中へと入っていった。
遺跡の中は、明らかに人の手が入った洞窟だった。だがかなり古く、壁のところどころが劣化して崩れている。また、通路の床も砂に埋もれていた。しかし、不思議なほど明るかった。
「どうしてこんなに明るいのかしら?」
辺りを見回すマヤに、先頭を歩くコリンが振り返らずに言う。
「精霊様の“魔力”の影響。注意したほうがいいよ。ここの精霊は、スプリングみたいに甘くないから」
「コリン、君はここに来たことがあるのか?」
コリンは間を置いて頷いた。
「ルドルフ様がザイドの王となって契約する時に。……それと、ソルテスの道案内も私がした」
ハヤトは、思わず「そうか」と口にした。
そうだった。ソルテスも勇者としてザイドの聖域に行ったわけだから、当然この遺跡にも入ったことになる。
ならば、彼女が魔王になったことについてのヒントが、ここにあるのかもしれない。
「なあ、教えてくれないか。その時のソルテスは、どんなだったんだ」
コリンは歩くのをやめ、冷たいまなざしをハヤトに投げかけた。
「それを言ってどうなるの。私にメリットはあるの」
ミランダがまた声を荒げて詰め寄ろうとしたが、ロバートとルーがそれを止めた。
ハヤトは困った様子で、肩をすくめた。
「気分を悪くしたなら、謝るよ。でも君は、ソルテスに会ったことがあるんだよな。……俺は、あいつのことを、もっと知りたいんだ。敵のことを知っておきたいと思うのは、当然のことだろう?」
「敵……あなたは、彼女を倒すの?」
ハヤトは返答に困ったが、けっきょく「ああ」と頷く。
「俺は、あいつに会わなきゃならない。そのためには、倒すつもりで歩いていかなきゃならないだろう」
コリンはそれを見て、目を伏せた。
「だったら、教えない。だってソルテスは……」
その時、コリンの右足が砂にずぼりと埋まった。
「っ!?」
さすがのコリンも、これには驚いたようだった。彼女の体は、砂に飲み込まれるようにしてどんどん地面へと埋もれていく。
ハヤトは身を乗り出して彼女に手をのばす。
「コリン!」
コリンは一瞬手を動かそうとしたが、その手を取らない。彼女の体はもはや、見えなくなりつつある。
ハヤトは、その床に向けて飛び込んだ。