その8(終)
「悪いが君を試させてもらった。非礼は詫びよう」
シェリルの回復魔法を受けて立ち上がったルドルフは、ハヤトに向けて手を差し出した。
ハヤトは、その手を一瞥して言った。
「マジで殺されるかと思いましたよ」
「すまない。だがそのくらいの攻撃でないと、君はさっきの剣を出さなかったろう」
「その前に、どうして城で会った時に『蒼きつるぎを出せ』と言わなかったんですか。それで済む話じゃないですか」
「この際だからはっきり言おう。私は君を疑っていたのだ。仮にあの場で君が『蒼きつるぎ』を出していたとしても、私は心から信用することができなかったろう。見てくれだけなら、魔法でなんとでもなるからな。この身をもって確かめたかったのだよ」
ルドルフは仮面をコリンに渡して、きびすを返した。
「それにまだ、私は君のことを完全に信じたわけではない。ついて来たまえ。見せたいものがある」
四人がしばらく歩くと、階段が見えてきた。月明かりが差し込んでいる。
上ると、そこはザイド城のちょうど裏側の敷地内のようだった。
コリンが階段に柵をかけ、シェリルが“魔力”を練ってそれにさわる。どうやら鍵をかけているらしい。
「下水道と城がつながってるなんて、バカバカしいって思うでしょ。でも私たちにとっては大切なことなの。ここは精霊様の通り道だから」
「精霊様?」
「それより、行って」
コリンがあごをしゃくった。
ルドルフの後ろ姿が見えた。ハヤトはあわてて彼の元へと走る。
「これは……」
ルドルフに連れて来られた場所は、城の中庭だった。
「どうだね」
ルドルフが、ハヤトを見て言う。
ハヤトは、ここに来た時の違和感の正体を見て、思わずつぶやいた。
そうだ、これがなかったんだ。
「桜……!」
中庭の小高い丘の上に、大きな桜が太い根を付けていた。
桃色の花は満開に咲き、風にゆれてちらちらと散って、辺りに舞っている。
だが、不思議なことにそれでも、花が減っているようには見えない。
ハヤトの言葉に、ルドルフが納得したように頷いた。
「どうやら……間違いないようだ。かつてソルテス様がここに来た際にも、この神木の精霊を見て同じ言葉をつぶやいた」
「ソルテスが、ここに?」
「ああ。君は彼女と会ったことがあるのか?」
「ええ、まあ……」
「ならば、ソルテス様はどうしてベルスタを襲撃したのだ? とてもではないが納得できる話ではない」
「それは、俺もです。それを知るために、旅をしているようなものなんです。ソルテスはかつて『蒼きつるぎ』の勇者だった。そうですよね?」
ルドルフは神木を見上げた。
「そうだ。そして彼女は魔王を討伐して世界を救うための旅を続けていた。この国からも、リブレ・ラーソンという青年が彼女の仲間に加わった」
「リブレ・ラーソン……!?」
「ああ、気弱な男でな。ソルテス様からは『やるときはやるから』などと評されていたが、そんな風には見えなかった。ベルスタのグラン・グリーン君のような強力な仲間なら、私も誇れていたというものだが」
おそらくは、マヤの兄のことであろう。
ルドルフは続ける。
「ソルテス様は今から六年ほど前、国が魔王の放ったモンスターの襲撃を受けた際、『蒼きつるぎ』の強大な力で私たちを救ってくださった。結果として先代の王を失ったが、王子だった私がこの国を護らなければと強く決意するきっかけになった」
そこでルドルフは、少し表情を暗くした。
神木の花びらが、彼の周囲をゆらゆらと舞った。
「彼女たちは魔王を倒したあと、君たちが探している宝玉で魔王の島を封印し、姿を消した。私はてっきり、旅を終えて帰ってくるものだと思っていのたが」
マヤの言っていた通り、勇者たちは魔王を倒した後、行方をくらましたのだ。
「魔王の島で何があったのか、私には推測すらできない。しかし、彼女が魔王として君臨するというのなら……新たな勇者である君に、道を示さねばならないだろう」
ルドルフは神木に手を添えて、ハヤトに言った。
「精霊の木に触れてくれ」
「精霊……」
「この神木は、ザイドを守護すると言われる春の精霊様を宿している。宝玉がある聖域『ザイド・セントラル』に入るには、ザイドの四精霊の加護が必要だ。勇者ハヤトよ、君はザイドのすべてのエリアを訪れ、精霊の加護を得なければならない。きっと辛い旅になるだろうが、ソルテス様はやってのけた。君にも、できるはずだ」
ハヤトは、神木に手のひらを当てた。
すると、目の前が一瞬にしてピンク色の空間に変わった。
驚く間もなく、頭に映像が流れ込んでくる。
何人かの男女が、こちらを見上げている。
周りには桜の花びらが見える。どうやら、かつてのこの場所での映像らしい。
まず見えたのは、赤いローブが印象的な、金髪の青年であった。彼は真剣なまなざしをこちらに向けている。
ハヤトはすぐに、彼がグラン・グリーンだとわかった。マヤとどこか似ていたからだ。
隣には、忘れもしない。今日、自分と壮絶な決闘をした剣士リブレ・ラーソンが立つ。だが、雰囲気が明らかに違う。汗をにじませ、不安げにしている。すぐ右隣の、柄の悪そうな男がそれに気づき、背中を叩いた。さらに右の女がそれを諫めるようにしている。服装や髪型が大幅に違うが、おそらくはリブレと共に船を襲ったレジーナと呼ばれていた女だ。
そしてハヤトは、その隣に見た。
アンバー・メイリッジ。彼女が少しだけ距離をおいて、腕を組んでいる。
彼女は、このパーティのメンバーだったのだ。
最後に、自分のすぐ眼下から、黒髪の少女が現れた。彼女は丘を降り、パーティの元へと向かっていく。
「ユ……ユイッ!」
ハヤトは反射的に声をあげていた。
少女が振り返った。
ユイ……かつての勇者ソルテスが、屈託のない笑顔を向けていた。
「ハヤト君」
ルドルフの声で、ハヤトは現実へと戻った。
「どうした。精霊の加護は無事済んだはずだが」
体が、少しばかりピンク色の“魔力”のようなものに包まれていた。
ハヤトは、それが消えるのを確認してから、目を閉じた。
「……つまりは、これをよっつ集めればいいわけですね」
魔王軍の正体は、本当にかつての勇者パーティだとでも言うのか?
だとすれば、この先に待っているものは、
「やりますよ……なんとしても」
いったい、なんだというのだ。