その5
冒険者たちで大いににぎわう、ザイド・スプリングの酒場。
「それじゃ、ザイド到着を祝って!」
ビールが注がれたグラスを、ミランダが掲げる。
同様のものを手にもつロバートが続くと、ハヤトたちもそれに倣った。
「か、かんぱーい」
「声が小さいよ! はい、乾杯っ!」
ミランダは豪快にグラスをあおってビールを一気に飲み干すと、満足げにテーブルをたたいた。
「ああっ、これだよこれ! 戦いのあとの酒は最高さね」
「同感だな。さあ、ハヤト君も一杯やれよ」
ロバートに勧められ、ハヤトはグラスの中を覗き込む。
アルコールのにおいがした。
酒だ。間違いなく、酒だ。
彼は迷っていた。まだ未成年なのに、飲んでいいものだろうか。
ロバートもそれに気がついたようだった。
「……どうしたんだ?」
「い、いやあ、お酒はちょっと」
「なによハヤト君、飲めないの?」
ハヤトは肩を掴まれる。隣の席で、すでにグラスを空にしたマヤがこちらをにらんでいた。
「おいマヤ!? お前、飲んでいいのかよ!?」
マヤは不思議そうに小首をかしげた。
「何言ってるの? それとも何、ハヤト君は私の酒が飲めないっていうの?」
いつ彼女の酒になったのかはわからないが、ハヤトはあわてて首をふった。
「い、いや。そういうわけじゃないけどさ」
「なによ。そんな事言いながら、さっきから口を付けようともしないじゃない。ハヤト君は要するに、私の酒が飲めないわけね! 私、本当に悲しい!」
マヤは目をすわらせて言った。
ハヤトは、彼女の変貌ぶりにたじろいだ。
ひどい絡み上戸だ。
ミランダが「こりゃ、おもしろくなってきた」という顔でふたりを見る。
「マヤ、残念だったね。ハヤトはあんたの酒は飲めないってさ」
「ミランダさんは関係ないでしょ! さあハヤト君、はやく!」
「え、えーと……」
改めて、ハヤトは思った。
自分のいる世界とは、違うのだと。
でも、だからと言って、お酒を飲んでしまうのはどうなのだろう。
「ル、ルー……」
ハヤトは、思わず隣のルーに助けを求める。
だが彼女は、すでに料理の入った皿を全て真っ白にし、うとうとしていた。
「ルー、おなかいっぱいで眠いの……」
「お、おい。この状況で眠らないでくれよ。さっき協力しあうって約束したじゃないか」
「ハヤト、ごめんなの……ルーはもう力になれそうにないの……あとはハヤトの力で、未来をきりひらいてほしいの」
「ちょっと、ルーさん!?」
ルーは力尽きて首を垂れ、寝息を立て始めた。
「ハヤト君、何やってるのよ。酒がぬるくなっちゃったじゃない。ちょっとこれ、おかわりちょうだい!」
マヤがハヤトのグラスをあけ、店のマスターに注文を入れると、すぐに新しいグラスがテーブルに置かれた。
「さあ!」
マヤが顔を赤くしながらハヤトの腕にひしと掴まり、けしかける。
「マヤ、ちょっと騒ぎすぎだよ。……さーて、ハヤトはどうなるのかな?」
ミランダは余裕の表情でこちらを見ている。
「へへへへ! ハヤトよお、さっさと飲めよ! でもおかしいなあ、さっきから世界が逆さまだぜ! 不思議なこともあるもんだなあ!」
ハヤトは思わず二度見した。
しばらく姿が見えないと思っていたロバートが、床でブリッジしていた。
酒とは、こうまで人を変えるものなのか。
だが、もう逃げられない。
「郷に入っては、郷に従え……か」
ハヤトは決意して、グラスに口をつけた。