その14(終)
「すげえっ……! 海に落ちた乗客まで、一緒に浮かんでやがる!」
思わず、ロバートがつぶやいた。
「ザイド・アトランティック」号がどんどん空へと向かっていく。
「船長、ザイドの方向はどっちだい!?」
甲板をよじ登り、船長席にたどりついたミランダが叫んだ。
バッシュ船長は、何が起こっているのか全く理解できていなかったようだが、南東を指をさした。
ミランダはロバートの矢を、その方向に思い切り投げた。
ハヤトとマヤはそれを確認すると、頷きあい、そちらに向けて船を動かし出した。
球体は緩やかにだが、確実にスピードをあげていく。
「ぐうっ!」
しかし、ハヤトはそこで強烈な重圧に襲われた。
アンバーが表情を曇らせる。
「やはりこの規模の『破壊』を行使するには……“魔力”が足りないか」
なにより、ハヤトはリブレとの戦いで消耗しきっていた。
なぜか、マヤが「翼」の力に覚醒した際に多少元に戻ったようにも感じられたが、彼の体には戦いの傷も残されている。
「ちいいっ! ここで踏ん張れないで、何が勇者だ!」
ハヤトは気力で体を支えながら、光の筋を維持し続ける。
だが、さらに大きな衝撃が起こり、彼に片ひざをつかせた。
「ハヤト君!」
上空のマヤが叫ぶ。
ハヤトは、荒い息をはきながら、もう一度立ち上がろうとした。
体が重い。
そこに再び、重圧の波がおしよせる。
全身の力が、抜けていくようだった。
気を失いそうになり、ハヤトは、その場から倒れかける。
「ハヤト!」
「ハヤト君!」
ルーとロバートが飛び出し、彼を支えた。
「ルー……、ロバートさん」
「ハヤト、あきらめちゃダメなの! ルーの“魔力”も、使ってなの!」
「これくらいしかできないのが悔しいが、頼むぞ!」
二人は“魔力”を練ってハヤトへと向ける。
ハヤトは、なんとかそれに応えたかったが、重圧はさらに重く彼にのしかかった。
アンバーは、それを見て冷たく言った。
「二人とも、無駄だ。“魔力”の受け渡しはそう簡単ではないし、人ひとりのそれでどうにかなるような問題ではない。君たちの“魔力”を無駄にするだけだ」
「だったら、ただ見てろっていうのか!?」
ロバートが猛った。
「ハヤトはルーのお婿さんになるの! だからこんなところでくじけないの! きっとやってくれるの!」
ルーも同様に叫んだ。
ハヤトが、思わず声を上げる。
「ルー……ま、また、話が、飛躍した、な……。でも、ありがと、よ。か、回復したぜ!」
ハヤトは、汗を流しつつも、笑顔を見せた。
アンバーはその様子を見て、少しばかり驚いたようだった。
「ぐああああっ!」
だがハヤトは、もはや気力だけで剣を上空に突き立てていた。ルーとロバートは必死に彼を呼ぶ。
それを空から見ていたマヤも、苦しくなってきたようだった。
「ハヤト君が……あんなにがんばってるのに……! 君を助けるために、この『翼』を、もらったのに……!」
マヤの翼に、小さな電撃が走る。
確実に限界が近づいている。
「もう、だめ……!」
「くそおおっ!」
『グレイト・クルーズ! 発射用意!』
その時、大きな声が轟いた。
船長のバッシュだった。彼は魔大砲・「グレイト・クルーズ」の砲門のひとつにしがみついたまま、拡声魔法を使って言った。
『勇者よ、“魔力”が必要なのだろう! このグレイト・クルーズには、大魔術師の魔法ほどの“魔力”が込められている! 私らにも手伝わせてくれ!』
船長が言うと、船員たちは一斉に砲門へと向かって準備を開始する。乗客らも、ハヤトの体を支えるようにして、船首へと集まった。
「勇者さま、頼みます!」
「どうか船を救ってくれ!」
「魔王軍と戦うあんたをずっと見ていた! あんたなら、きっとやれるよ!」
船じゅうの声が、ハヤトに向けられていた。
ハヤトは、不思議だった。
もうとっくに、倒れているはずだったのに。
なのに、どうして……。
「勇者ハヤト」
アンバーが、自分の背中に手を添えていた。どうやらルーたちのように“魔力”を自分に向けているようだった。
「君は、不思議な男だ。こんなことをして意味があるとは思えない……。だが、なぜだか君なら、やってくれるような気がする」
『グレイト・クルーズ、発射!』
船長の声が響く。
「グレイト・クルーズ」から“魔力”の塊が飛び、ハヤトの周辺を包んだ。
ハヤトは、その光に温かみを感じた。
それだけではない。
乗客たちの声、仲間の声。
こんな危機的状況だというのに、ハヤトはそれを受け、笑っていた。
「ほんとに、なんであんなに熱くなるかね」
この世界に来る前の自分のせりふが、リフレインした。
なんで熱くなる?
その疑問は、今となってはあまりにも幼稚に思えた。
この人間の気持ちの熱さを、気持ちの高ぶりを、自分は知らなかったのだ。
彼は、雄々しく足を踏みしめ、立ち上がった。
「おおおおおーーーっ!」
ハヤトの叫びとともに、光に包まれた船は、先に見える大陸へと向かって飛んでいった。
【次回予告】
可能性を得た少年は、新たに指標を手にする。
それが意味するものを知らずとも、
選択の余地は彼方に消えた。
運命はただ、刻を待つ。
闇の中に、小さな光を残しながら。
次回「春の都」
ご期待ください。