その12
船首が切り落とされた「ザイド・アトランティック」号はゆっくりと前傾し、少しずつ海へと飲み込まれていく。
リブレはそれを見て大笑いした。
「ざまあみろ! お前らはこれで誰も助からな……」
言葉の途中で、リブレは頭を抱えて倒れ込んだ。
レジーナが背後で、冷たい視線をなげかけていた。
「本当にどうしようもないおバカさんですわね、あなたは。今の状況でそれを使って、無事ですむとでも思っていたの?」
リブレはそのまま寝そべって、がちがちとふるえだした。
「あ……ああっ……ぼくは……ぼくはなんてことを……」
その表情からは、明らかな動揺と恐怖とが見て取れた。レジーナはそれを見て、彼を蹴りつけるようにして小舟に乗せた。
「あーあ、やっぱり戻っちゃいましたわね。とにかく城に帰りますわよ。……勇者ハヤトの、腕の見せ所ですわね」
レジーナたちの乗った小舟は、空へと消えていった。
一方、傾いていく船上は、再びパニック状態に陥っていた。
「ちくしょう、あの野郎! 最後の最後にとんでもねえことしていきやがって。おい、走るより何かにつかまれっ! 海に落とされるぞっ!」
ロバートが折れたマストにつかまりながら、空を仰いだ。乗客や船員たちは、落ちまいと必死に船尾方向へと走り出す。
「くそっ、油断した……! まさかあれを食らって立ち上がるなんて」
ハヤトは剣を甲板に突き立ててその場にとどまっている。彼の肩にはマヤとミランダの二人がつかまっていた。ミランダの腕にはルーが抱かれている。
そうこうしているうちに、船は海に沈んでゆき、甲板の角度がだんだんと上がっていく。もう少しで、立っていることさえ難しくなる。
乗客の少女が、両親と抱き合って泣いているのが見えた。
そう、わかっているのだ。
もう、こうなってしまっては助かる道はない。
ハヤトは思わず目をぎゅっと閉じた。
大逆転に興奮し、気持ちがゆるんでしまっていた。
こんなんじゃ、誰も護れやしない。
「ハヤト君」
声の主はマヤだった。
「まだ、終わってないわ。目を閉じないで。きっと私はまた、飛べるから……」
その時、さっきの少女が、甲板を滑って海へと落ちていった。
ハヤトたちはとっさに手を離して彼女の救助へ向かおうとしたが、その前に、海面に一人の女性が立っているのが見えた。
「『氷遁・凍雨結界』」
船体を飲み込もうとしていた海の周辺が一瞬にして凍りつき、その場に固定された。
「『蒼きつるぎ』の勇者ハヤト」
少女を抱きとめたアンバーは、ハヤトに向かって言った。
「もはやこうなってしまった以上、お前に『力』を使うな、などとは言えない。私の『凍雨結界』はそう長くはもたない。『蒼きつるぎ』の破壊の力を借りたい」