その11
キング・クラーケンが消滅を始めると、乗客たちは声を上げて歓喜した。
マストをいくつも折った触手まで全てが空へととけてゆき、船は救われた。
歓声を浴びながら、二人は甲板に着地する。マヤの翼はそこで折りたたまれるようにして、姿を消した。
ほぼ同時に、ミランダが飛び込んで来る。
「ハヤト、マヤ! あんたたちなら生きてるって信じてたよ!」
「ミランダ、さっきまで二人の仇は自分が取るって言ってたじゃな」
ロバートはそこまで言ったところでミランダにはり倒された。
「マヤ、すごいの。はねが生えてたの。それに、“魔力”も強くなってるの!」
ルーがぽんぽんはねながら、マヤにとびついた。
マヤは恥ずかしげに笑みを浮かべた。
「『力』を、もらったの」
「大丈夫、リブレ?」
レジーナは小舟を彼の元へと近づけて言った。
リブレは、「ウォール」の上で仰向けになっている。
「うぐっ……」
彼の腹には、先ほどの戦闘でついたものより大きな刀傷が刻まれていた。インパクト時の衝撃によるものか、傷は拡散して左頬にまで達している。
「なんとか、生きてるみたいですわね。もう行きますわよ」
「……ふざけるなよ」
レジーナは回復魔法をかけながらも、眉をひそめる。
「何ですの、その汚らしい言葉は? 私たちの仕事は終わったんですのよ」
「ふざけるなって言ってんだよ……!」
リブレはむくりと起きあがった。
彼の表情に、この船を襲撃してきた時の余裕は微塵も感じられない。こめかみに青筋をたてながら、涙を流している。
「どうして帰るだなんて言うんだよ、レジーナ」
「あらリブレ。切れちゃったの?」
「あいつら、不意打ちしたんだぜ。汚いよ……! こんなの、男のすることじゃない……!」
「まあ、片方は女ですし」
「君は女だからわからないんだよ! この圧倒的屈辱! この無粋さが!」
「……回復、やめようかしら」
リブレは剣を抜いて立ち上がった。
彼は険しい表情で、「ザイド・アトランティック」号を見下した。頬からどろりと血が垂れた。
「絶対に許さない。ぜったいに許さない、ぜったいにゆるさない……」
リブレはポケットをまさぐり、紅いガラスの欠片のようなものを取り出した。
レジーナはそれを見るや否や、小舟を降りて彼の手首を掴む。
「や、やめなさい!」
「ハヤト……! お前だけは許さない!」
レジーナをつきとばしたリブレがそれを握りつぶすと、彼の右目が紅く輝き出した。
異変に、船上のハヤトが気がついた。
はるか上空にたたずむリブレ・ラーソンが親の敵を見るかのように、こちらをにらみつけている。
「みんな、逃げろっ!」
「全員、死んじまえ」
リブレが片腕で剣を振るった。
船首部分に一筋の線が入り、船体が大きく割れた。