その10
再び腹を斬られたリブレが宙を舞う。
舟から身を乗り出したレジーナが「ウォール」を唱え、彼を空中でキャッチした。
レジーナはマヤの翼を見て、つぶやいた。
「ようやく、ですわね……」
マヤは大きく旋回し、「ザイド・アトランティック」号へと向かう。
「ハヤト君、いけるわね!?」
「ああっ! そのまま頼む!」
バッシュ船長は、絶望的な表情でキング・クラーケンと戦う戦士たちを見ていた。
自分の船が、モンスターによって沈没させられようとしている。
この航海には絶対の自信があった。
魔王が復活したといえど、「グレイト・クルーズ」さえあれば、どうにかなると思っていた。
だが、現実はどうだ。
逃げまどう乗客たち、もはや統制の利かなくなった船員たち、そして、ただ見ていることしかできない、船長。
あまりにも、甘かった。
バッシュは思わず、ふるえる手を組んで祈りだした。
「か、神よ……。私が間違っていた。あの勇者ソルテス様が魔王などと……でたらめだと思っていた。私のせいで、こんなことになってしまったのだ……! 私のことはいい、どうか無関係の乗客、乗員たちを……お救いになってください。どうか、どうかご慈悲を!」
その時、空がきらりと輝くのが見えた。
バッシュが目をこらして見ると、自分の真上に、何かが飛んでいるのが見えた。
翼の生えた少女と、先ほど自分を救ってくれた少年だった。
「マヤ、準備完了だっ!」
ハヤトは片手に「蒼きつるぎ」をぐっと握って構える。マヤは力強く頷いて、金色の翼をひらめかせ、船の先でうごめくキング・クラーケンの本体へと向かう。
危機を察してか、キング・クラーケンの触手が動いた。
大小合わせ、十、二十のそれがハヤトとマヤめがけて飛んだが、マヤはその全てをすりぬけるようにして避けてみせた。
ハヤトは、すぐ眼前にせまった本体へ向け、「蒼きつるぎ」を向けた。
彼の蒼い瞳が、鋭くなる。
「マヤっ!」
「ええ!」
もう、二人にそれ以上の確認は必要なかった。
「いっけえええーーっ!」
蒼い閃光となったハヤトとマヤは、勢いのままキング・クラーケンの体を貫いた。
乗客たちは、キングクラーケンの動きが止まるのを見て、沈黙した。ロバートも、ミランダも、ルーも、固唾を飲んでそれを見ていた。
ただひとり、折れたマストに立っていたアンバー・メイリッジだけが、悔しさと悲しさを入り交じらせたような、複雑な表情で目を伏せていた。