その2
「待て、この変態!」
森野真矢似の少女に追いかけられながら、隼人は森を進む。
さっきからなにがなんだか、訳がわからない。
ひょっとして夢だろうか。だとしたらなんて悪い夢なのだろう。……いやでも、剣を向けられるまでは……。
「待ちなさい!」
少女の声が思考を遮った。同時に、さっきと同じばちばちという音が聞こえてくる。
次の瞬間、隼人の走る先にある木々に火花が走り、倒れてきた。隼人は思わずそこでストップしてしまう。振り向くと少女が剣を構えていた。
「観念しなさい」
「だから、話を聞いてくれって!」
少女が剣を突く。隼人は体をずらしてそれをよける。
剣道の竹刀とはわけが違う。体で受けたら大けがするだろう。
「ちっ! ちょこまかと!」
「やめろって!」
隼人は必死で少女の剣をかわす。
だが、どうにも不思議だった。
なぜだか、太刀筋に見覚えがある。小手、面からの、フェイントを入れた引き胴。
そうだ、森野真矢。彼女にそっくりだ。
「森野、もしかして森野真矢なのか!?」
少女は一瞬手を止めた。
「モリノ? どうして私のマヤって名前を知ってるのか知らないけれど、混乱させようったって無駄よ」
マヤは剣を正眼に構えた。
どうやら人違いらしい。だが、このマヤと森野真矢の顔と、太刀筋が同じなのは確かだ。
隼人は、なぜか少し笑みを浮かべた。
「だったら、やりようもあるってもんだ」
「せやっ!」
マヤが間合いを詰める。
隼人はそれを見た瞬間に判断する。胴があく。
隼人は突進し、マヤの開いた腹に向かってタックルをかました。マヤは意表をつかれて倒れ込んだ。
マヤが手放した剣が、ざしと音をたてて地面に突き刺さった。
「くっ……す、好きにしなさいよ」
またしても押し倒された格好になったマヤは、悔しそうに横を向いた。隼人はすぐに立ち上がって手を広げた。
「な、なにもしねーよ! まったく、いきなりこんなもんで襲いかかってきやがって」
隼人は剣を引き抜いた。結構重い。やっぱり本物だ。物騒なので、マヤの手に届かない方向に投げ捨てた。
マヤはそれを見て、意外そうにした。
「変態の痴漢なのに、襲いかかってこないの?」
「だからー、それは誤解だって……」
その時、草むらからがさがさと音がした。二人はそちらを向いた。
熊のような、毛むくじゃらの化け物がそこに立っていた。