その7
ハヤトとリブレは、光に包まれながら落下を続ける。
目の前で苦しむリブレを見ながら、ハヤトは思った。満身創痍だが、なんとか一撃を食らわせてやった。
頼む、これで決まってくれ。
しかし、蒼き輝きは、そこで唐突に消えてしまった。
ハヤトは自分の手元を見る。
握っていたはずの「蒼きつるぎ」の姿はすでになくなっており、普段使っている鋼の剣に戻ってしまっていた。
「く、くそっ! なんでだよ!?」
リブレもすぐ、それに気がついたようだった。
彼はハヤトの体をつかんでレジーナの名を呼んだ。
同時に、レジーナの乗る小舟がリブレたちの落下先に現れた。
「大丈夫、リブレ?」
「見ての通りさ。たぶんこのままだと死ぬと思うから、回復をお願い」
小舟に着地したリブレは、自分の胸に刻まれた大きな刀傷をレジーナに見せた。彼女はすぐに回復魔法を錬成し出した。
胸ぐらを掴まれて浮いた状態のハヤトはそれをふりほどこうとしたが、体に力が入らない。握っていた剣も海に落としてしまった。
リブレはそれを見て笑うと、彼の頬を一発殴った。
「どうやら、体力と“魔力”を消耗しすぎたみたいだね。だから『蒼きつるぎ』も消えちゃったのかな。ハヤト君、今のはマジで死んだかと思ったよ。ほんとに、危なかった」
「く……」
「僕はもう満足した。君は、船が沈むのを海の中で見ていなよ」
リブレは、小舟からハヤトを投げ捨てた。
ハヤトは動くことすらできずに、ただ落ちるしかない。
そして、海へと落下した。
「ハヤト君!」
船首付近でそれを見ていたマヤは叫ぶと同時に、船べりに足をかけて身を乗り出した。
「マヤ、危ないよっ!」
ミランダの制止を振り切り、彼女は海へと飛び込んだ。
アンバーもすでに飛び込む体勢に入っていた。
「彼を助けるぞ! 魔法が使える者は回復の準備を!」
だが、レジーナがそれを聞いてふっと笑った。
「そうはいきませんわよ、アンバー」
彼女が手を上空に掲げると、「ザイド・アトランティック」号が再び大きく揺れた。
船の周りを取り囲むようにして、再びあの触手が現れた。
アンバーは眉間に皺を寄せる。
「レジーナ・アバネイルの召還魔法か……!」
「悔しそうですわね、アンバー。あなたはそういう表情が一番似合っていますわ。せいぜいあがきなさい。『キング・クラーケン』!」
レジーナの声とともに、さっきのクラーケンの数倍はあろうかという同型モンスターが姿を現し、「ザイド・アトランティック」号をわし掴みにするようにして触手を巻き付けた。
「な……なんてことだ……!」
バッシュ船長は、その光景に思わずひざをついてしまった。
キング・クラーケン。
クラーケンを統率すると言われる伝説のモンスター。
キング・クラーケンに狙われて沈まずに済んだ船は、これまでに存在しない。
船内から悲鳴がとび、乗客たちが一斉に甲板へと出てきた。
想定外の事態に船員たちも混乱状態に陥ってしまい、船内は完全に阿鼻叫喚の地獄と化した。
アンバーは奥歯をぎりとかんで、空中の小舟に向けて鋼鉄製の針を投げた。
レジーナは意地悪げな笑みを浮かべ、舟を上昇させてそれをかわす。
「裏切りものの、アンバー・メイリッジ。あなたが苦しんでいるところを見ると、せいせいしますわ」
「アンバーさん、せいぜいがんばってね」
「きさまらァッ!」
レジーナとリブレは無視して、空へと飛んでいった。