その4
「うおおおっ!?」
海上を飛び続けるリブレは、空に浮かぶ小さな船を見た。
一人の女がすでに“魔力”を錬成し、詠唱に入っている。
「『ウォール』」
リブレの背後に“魔力”の壁が生まれた。
彼はそれに足をつき、空中で立ち止まった。
「ふうっ、助かったよレジーナ」
レジーナは船を彼の近くに寄せ、リブレを乗せる。
「見事にぶっとばされましたわね。一緒にいたのはもしかしてアンバーかしら?」
「うん。めんどうなことになったね……でも『蒼きつるぎ』は発動したよ。やっぱりとんでもないや。剣がもたなかったよ」
リブレは、鍔の部分から先がなくなった剣をぽいと捨てた。レジーナは一振りの剣を取り出してリブレに渡してやる。
「そっちはどうだい?」
「そろそろですわね」
レジーナは船首を見る。
「例のやつ行くよ、ロバート!」
「おおっ!」
ミランダが叫んだ。ロバートは彼女の背に“魔力”を込める。
目の前には、いくつもの切り傷がついた、太い触手がうごめいている。
ミランダの体の周りに“魔力”が集まってゆく。
「さあ、頼むぜ!」
ロバートが背中をばしんとたたく。ミランダはそれと同時に突進を始める。
触手が反応し、彼女へと向かう。
ミランダは横へステップしてかわした。露出した肩をかすり、鮮血が飛び散ったが、彼女はがなり声をたてて槍を前面に向け、さらに加速する。
そこに、もうひとつの触手が彼女の背後を襲う。
「ミラ――!」
ロバートが叫ぶまもなく、触手がミランダに届く直前で外へとはじかれた。
彼が魔法の飛んできた方向をみると、マストの見晴らし台にルーとマヤが立っていた。さっきのはルーの「エッジ」だろう。
ミランダはさらに加速すると、一緒に戦ってくれている乗客たちを後目に、船のへりに足をかけ、海へと飛び出す。
触手の先に、船室部分と同じくらい巨大なイカ型のモンスターがうごめいていた。
「あんたがクラーケンかい。お呼びじゃないんだよおっ!」
ミランダの槍が、クラーケンの額へと突き刺さる。
だが、槍はそのままクラーケンの頭の中へと入っていってしまった。
「なっ!?」
同時に、彼女の体に触手が絡まり、上部へと突き上げられた。
「くそっ! 今の攻撃が効いてないのか!?」
ロバートは矢をつがえて放つが、粘液でぬめった触手には刺さらない。
「おチビ、ミランダが捕まった! 『エッジ』を続けてくれ!」
「チビって言うななの!」
ルーは「エッジ」を連射する。
その姿を見ていて、マヤは思った。
このままでは勝ちきれない。
どうにかしなければ、と考えていると、こちらに黒い装束をまとった女が飛んできた。
「クラーケンに通常の攻撃を浴びせても無駄だ。粘膜で防がれる」
アンバーは見晴らし台の縁に立って言った。
「勇者ハヤトの仲間だな。……彼と共に魔王軍と戦うつもりなら、相応の力を得ろ。彼の『蒼きつるぎ』に頼るな。そこで見ていろ」
「あ、あなたは……」
マヤがあっけにとられているうちに、アンバーはへりを蹴って甲板へと降りた。着地と同時に、姿勢を低くして走り出す。
腰から抜いた双剣に、“魔力”がこもる。
「『火遁・双炎牙』」
アンバーの双剣が炎に包まれた。
彼女はロバートをはじめ、戦っている人々を突き飛ばすようにして駆け、ミランダを掴む触手へと向かう。
いくつかの触手がアンバーにおそいかかったが、彼女は床を蹴って宙返りし、両腕をないで双剣をふるった。
じゅっ、という何かが焦げる音と共に、触手の切れ端がぼとりと落ちる。
アンバーは迫り来る触手を踊るようにして斬り刻み、ミランダの拘束を解くと、彼女を足蹴にして飛んだ。
下方にクラーケンの本体を確認すると、剣を交差させて“魔力”を練る。
「『氷遁・双凍牙』」
今度は双剣の刃が、ぴきぴきと凍りつき、長い太刀へと変わる。
「消えろ……!」
アンバーが空中で一回転すると、クラーケンは二つの筋を残し、無惨に飛散した。