その3
ハヤトは戦闘中にも関わらず、思考が停止した。
自分の後ろに立っていた女は、剣道部顧問の西山楓にうり二つの女性だった。
「せ、せんせ……」
もう一度言いかけて、ハヤトははっとした。
よく似ているが、彼女の髪は暗い紫色で、瞳も透き通るようなエメラルド・グリーンだ。
違う。西山楓ではない。
マヤと同じだ。
「僕だったら、この場面でよそ見なんてしないけどなあ」
気がついた頃にはリブレが、目の前まで迫ってきていた。
ハヤトはアンバーに突き飛ばされ、危機を脱する。代わりに彼女が再びリブレと剣を打ち合わせる。
「アンバーさん、じゃましないでよ。僕はハヤトくんに用があるんだ」
「……やはりそういうことか。ハヤトと言ったな! この男の狙いは君にある! 決して『蒼きつるぎ』を出すな!」
ハヤトは少しばかり躊躇した。
この顔で言われると、妙な説得力がある。
しかし……。
「俺はこいつを倒さなきゃならない。ぶっ倒して……ソルテスのことを聞き出すんだ!」
ハヤトは、精神を集中する。
この男を倒さねば、どちらにせよ船は沈められてしまうだろう。
マヤも、ルーも、ミランダも、ロバートも。
仲間たちを、力を以て護らなければ。
「剣よ……!」
ハヤトの瞳が、蒼く輝く。
つばぜり合いしていたアンバーとリブレが、一瞬固まる。
二人は正反対の表情をしていた。
「そう来なくちゃね、勇者様!」
「おい、やめろっ!」
ハヤトの剣が、輝きを伴って大きく伸びる。
幅広の大剣・「蒼きつるぎ」が姿を現した。
同時に、リブレはアンバーを蹴り飛ばし、ハヤトへと向かう。
「さあっ! 見せてもらうぜ、その『力』!」
「言われなくても!」
「蒼きつるぎ」とリブレの剣がぶつかり合う。
衝撃が起こり、船長室の屋根が一瞬にして吹き飛んだ。
「うお! こいつは……!」
リブレの髪が大きく逆立つ。
ハヤトはありたっけの力を込めて、剣を押し出す。
「おおおおっ!」
ハヤトはつるぎを振り切った。
リブレはものすごい勢いで海上まではじき飛ばされていった。
ハヤトはそれを追いかけようと足に力を込める。
だがそこで、彼は右脚をつかまれ、床に押し倒された。
アンバーの顔が、すぐ目の前にあった。
「やめろっ、そいつを使うな!」
ハヤトにのしかかる彼女の表情は、なぜか悲しげだった。
「離してくれ! あいつを倒さなきゃ、船が沈むんだぞ」
「クラーケンもリブレも、私がなんとかする! だから……やめてくれ」
「何言ってんだ、どいてくれよっ!」
ハヤトが剣を掲げ、衝撃波でアンバーを突き飛ばす。
上空へ放り出されたアンバーは、体勢を崩しながらもなんとか着地した。ハヤトはそれにかまわず、リブレが飛んで行った方向を向いた。
そのとき、部屋の隅で傷つき、苦しんでいるバッシュ船長が見えた。
ハヤトは駆け寄って、彼に刀身を当てた。
「大丈夫ですか」
船長の傷が一瞬にして消える。バッシュは驚いた様子で自分の手の平を見た。
「き、君が勇者か。すごい魔法だな」
「さっきの男は俺がなんとかします。乗客の人たちには部屋に避難していてもらえるように言ってください」
そう言って、ハヤトは船長室を飛び出した。
アンバーは、その後ろ姿を複雑な表情で見ていた。