その2
リブレは、荒い息をはきながら壁にもたれる船長の肩に手をおいた。
「船長さん。さっきの、声をみんなに聞かせる魔法、もう一回やってくれませんか。ハヤトくんにもっといいたいことがあるんです」
船長のバッシュは斬られた腹を手で抑えながら、顔を背けた。
「バカめが。た、たとえ“魔力”が錬成できる状態だったとしても……貴様のためになど使わん。まさか本当に魔王が復活していようとはな」
リブレはちょっと困った表情をする。
「ベルスタでしっかり言ったって聞きましたけど? みんな、危機感が足りないんじゃないんですか」
「それは――きさまの方だ!」
女性の声とともに、リブレの背後に向けて斬撃が飛ぶ。
だが、彼はまたもや消えるようにして船長室の中に移動した。
剣は空を斬った。
「ちいっ!」
「ああ、びっくりした。……あなたか」
振り返ったリブレの表情から、少しだけ余裕が消えた。
全身に黒い服をまとった女は、両の手に握った二本の短剣を彼に向ける。
「リブレ・ラーソン……。墜ちたものだな」
「いきなり斬りかかるなんてひどいよ、アンバーさん」
アンバーと呼ばれた女は、額に汗をにじませながらリブレをにらみつけた。
「貴様、本当にあのリブレなのか……?」
「見りゃわかるでしょ。懐かしいね、みんなで旅をしていた頃を思い出すよ。アンバーさんも、最後までくればよかったのに」
「答えろ。ソルテスやグラン……お前たちは一体何をしようとしている」
「ええと、それを教えて僕が得することってあるのかな?」
「答えろと言っている!」
アンバーが身を低くし、リブレに向かう。
二人の剣がぶつかりあった。
「無駄だよ、アンバーさん。僕はあの頃の僕とは違う」
リブレがふっと姿を消す。
アンバーは前のめりによろける格好になる。
同時に、背後からリブレの蹴りが炸裂したが、アンバーは跳躍しながら双剣を十字に重ね、それを防いだ。
「相変わらず器用だね。さすがはオータム出身だ」
「お前たちはあそこで……魔王の島で何を見た! なぜこんな事をする!」
アンバーが再び斬りかかる。
だが、リブレはそれを軽々とパリーすると、アンバーの腕を蹴り上げた。
双剣の片割れが木製の天井に突き刺さった。
「もらった!」
リブレが剣をなぐ。アンバーはもう片方の短剣を前に出そうとするが、間に合わない。
しかしそこに、一人の少年が二人の間に飛び出すようにして現れ、リブレの斬撃を剣の峰で防いだ。
「うおおっ!」
ハヤトは、そのままリブレを突き飛ばした。
ふわりと後ろにとんで距離をとったリブレは、彼を見てにっこりした。
「きたね、ハヤトくん。初めまして」
それを聞いて、固まっていたアンバーの顔つきが変わる。
ハヤトは剣を正眼に構えた。
「ふざけたことしやがって。ビンスといいお前といい、魔王軍ってのは、おかしな奴しかいないのか?」
「いきなりきついな。ビンスみたいな奴と一緒にされるのは傷つくよ。あいつは正真正銘のくそったれなんだぜ」
「俺からすりゃお前も変わらねえ。お前たちはぶっ倒す。それだけだ」
「やめろ、新しい『蒼きつるぎ』の勇者」
背後からの女の声に、ハヤトは後ろを振り返った。
ハヤトは、思わず声を上げた。
「この男と戦うんじゃない。力を使うな」
「に……西山……先生……!?」
アンバーの顔は、西山楓そっくりだった。