その6(終)
木製の小舟のようなものが、空に浮かんでいる。
「ああ、気乗りしないなあ」
そこに寝転がる、一人の男剣士がつぶやいた。
隣に腰掛ける魔導師風の女が、あきれたように肩をすくめた。
「また、それですの? ほんっとに、めんどくさい方ですわね」
「だってあんなにでかい船だよ? マストが何本もあるし、人もたくさん乗ってる」
そう言って男は起き上がり、自分の乗る小舟から身を乗り出した。
遙か下方の海に、大きな船が浮かんでいる。
「めんどうだよ。できれば、ザイドに着いてからの方がいいんじゃないかな」
「あなたはいつも、そうやって楽しようとするから、グラン君にソルテスを取られちゃったんですのよ」
「あーもう、うるさいな。グランとソルテスは関係ないだろ」
剣士はいらついた様子だった。
女は目を鋭くさせた。
「なんでもこの間は、ビンスが大けがしながらも任務を成功させて、ソルテスにそれをヨシヨシしながら治してもらったとか……」
男はそれを聞くや否や、起きあがって腰の剣を抜いた。
「やるよ、レジーナ」
「わたくし、あなたのそういうところが好きですわ、リブレ」
船はしばらく揺れたのち、ぴたりと止まった。
「なんだ、なんだ!?」
乗客たちが次々と甲板へと出てくる。
ハヤトとマヤは手すりにつかまっていた。
「大丈夫か、マヤ」
「ええ。一体、何があったのかしら」
二人が辺りを見回していると、もう一度、同じ揺れが起こった。
船が少し前へと傾く。
「クラーケンだ! クラーケンが出たぞーっ!」
誰かの叫び声が聞こえた。同時に、船首から青く巨大な触手がぬるりと現れた。
そこかしこから悲鳴が上がる。
ハヤトは、状況がよくつかめなかった。
「マヤ、クラーケンってあの触手のことか!? 一体なんなんだ」
彼女はちょっと青ざめていた。
「私も初めて見るわ……船を沈める海のモンスターよ。でも、大丈夫。たいていの船は対策してあるはずよ」
『みなさん、落ち着いてください』
ほぼ同時に、辺りに声が響いた。
船の中央に位置する船長室につけられたデッキに、男が一人立っている。
『当船船長のバッシュ・ルーズベルトです』
バッシュ船長は手のひらに“魔力”を練りながら口を当てて話している。どうやら魔法で声を大きくしているようだ。
『クラーケンは確かにいくらかの船を沈めたことのあるモンスターですが、今回みなさまがご乗船下さっている「ザイド・アトランティック」号はこの五年で十ニ度、大魔術師の魔法ほどの威力を誇る魔大砲「グレイト・クルーズ」を用い、無傷で奴を撃退しております。少々揺れますが、撃退次第通常運行に戻ります。今しばらくお待ちください』
船長の口調はあたかも「よくあることなので」といった風に落ち着いていた。クラーケンの出現は、この船にとっては大したことではないのだと、乗客たちも騒ぐのをやめた。
「ね」
マヤが言った。
同時に、客室の上にある大砲を、何人かの船員たちが動かし出した。
「魔大砲『グレイト・クルーズ』四号、発射準備完了!」
同じように遠くから『グレイト・クルーズ』が発射できる旨を伝える声が響きわたる。どうやらいろいろな場所に設置されているらしい。
最後に、クラーケンの触手付近に、一番門の大きな砲台が現れた。おそらくこれが主砲であろう。
『それではみなさま、船が揺れますのでご注意ください。「グレイト・クルーズ」、発射用意!』
船長の合図とともに、例の空気がはじけるような“魔力”の収縮音が辺りに響く。全ての砲門から輝く“魔力”の塊がとび、主砲へと向かう。
主砲がうなりをあげ、“魔力”をさらに増幅する。
すごごご……と地鳴りのような音が響き、“魔力”が高まっていく。
「す、すごいな」
ハヤトは目をみはった。“魔力”の錬成がまだうまく行っていない彼でも、思わず身がすくんでしまうレベルの巨大な“魔力”であった。
あれをぶつけられたら、いかに強いモンスターでもひとたまりもないだろう。
『放て!』
バッシュ船長が叫ぶ。
だが、その直後のことであった。
空から、細身の剣士が舞うようにして着地し、主砲のすぐ後ろへと立った。
彼は、振り抜いた剣を鞘に納めて笑った。
「『秘剣・瞬き』……なんちゃって」
主砲が、まっぷたつに斬れて爆発した。
【次回予告】
少年は再び、悪意に立ち向かう。
来訪者の放つ言葉は、運命を揺蕩わせることができるのか。
それとも、ただむなしく響くのか。
次回「海上決戦」
ご期待ください。