その5
マヤは、バルコニーでぼおっと海を見ていた。
「よお、マヤもミランダさんに助けられたのか?」
ハヤトが現れた。マヤは小さく返事をする。
「……けがは、もういいのか」
「うん」
「なんだよ、元気ないな。何かあったのか?」
「なんだか……変なの」
マヤは自分の手を見た。
ハヤトは首をひねる。
「俺には、そうは見えないけど。船酔いか?」
「そういうことじゃなくて……アルゼスの港に着く前、オウルベアと戦ったじゃない?」
「ああ」
「私の『ショック』の魔法……、一発で、オウルベアを倒したわよね。それも二匹」
ハヤトは「あ」と口をあけた。
そういえばそうだ。
オウルベアと言えば、ハヤトとマヤが最初に出会った際にエンカウントしたモンスターである。
確かあの時、マヤは「二人で勝てる相手ではない」と言っていた。
「た、たくさん戦ったし、レベルが上がったんじゃないのか?」
「まだ旅に出てひと月も経ってないのよ。そんな急激に“魔力”が上がるなんて話、聞いたことないわ」
マヤは、自分の体を不思議そうに見回した。
「なんだか、妙な気配を感じるの。体の奥底から、何かがわき出てくるような……『蒼きつるぎ』に命を救われたせいかしら。人の傷を治せるなんて、知らなかったわ。ただの強い武器だとばかり」
「ああ、俺もそう思ってた。あの剣には、まだまだ知らない力が隠されてるみたいだ」
マヤは、海に視線をうつす。
「ハヤト君……ありがとね」
「なんだよ、今度はとつぜん改まって」
「私はあなたのおかげで、生きながらえることができた。感謝してるわ」
沈黙。
マヤは、ハヤトをちらりと見た。
「それで……聞きたいことがあるのよ。私が人形にやられた時、言ったことを覚えてる?」
ハヤトは、当時の記憶を掘り返す。
「確か、兄さんがどうとか」
彼は同時に、ベルスタで眠る彼女が「兄さん」とつぶやいていたことを思い出した。
マヤは頷いた。
「うん。それなら、この際だから言うことにするわ。私は……行方知れずの兄を探しているの。実は、この旅に同行したのもそれが目的だったのよ」
「そうだったのか。でも、俺と旅をしたからって見つかる訳じゃないような気がするけど」
「ううん。見つかる可能性が高いわ。だって、兄さんは勇者……いえ、魔王ソルテスとかつての魔王を倒す旅に出て、行方不明になったんですもの」
ハヤトは、目を見開いた。
「そんな。それじゃあ……」
「だから、教えてほしいの。ハヤト君……『ユイ』って、誰のことなの?」
マヤは真剣なまなざしを向けた。
ハヤトは、言うべきかどうか迷った。
世界を滅亡させようとしている魔王が、自分の妹かもしれないだなんて。
いらぬ誤解を招くかもしれない。
「そ、それは……」
「ハヤト君は、ソルテスの話題が出るたびに、『ユイ』って単語を口にするわよね。確かビンスにもそう言っていた。かつての勇者ソルテスは五年前、魔王を倒して姿を消したわ。兄さんも一緒に。……あなたは、ソルテスのことを何か知っているんじゃない?」
マヤはさらに続ける。
「私は正直言って、最初はあなたのことを、ただのおかしな人だと思っていた。でも……必死で助けてくれて、ああいう風に言ってもらえて……本当に嬉かった。だから、もう隠し事したくないの。あなたのことを、しっかり理解したい」
マヤは、少し頬を染めながら言った。
ハヤトは、多少驚きはしたが、素直にその気持ちがうれしいと感じた。
この世界に来て、初めて自分のことを理解してくれようとしている人が現れてくれた。
いや、こんな風に言ってくれる人は、元の世界にもいなかったような気さえする。
きっと彼女だったら、大丈夫だろう。
「……別に隠してるわけじゃないよ。まだ確証が持てないだけなんだ。だから俺は、それを確かめるために旅に出ることにしたんだよ。ユイっていうのは……」
その時、船が轟音とともに大きく揺れた。