その4
ハヤトは、船べりにひじをつけて海を眺めていた。
太陽に照らされて暖色にきらめく水面が、ゆらゆらと揺れている。
周りに島などは見えず、水平線はゆるやかな丸みを帯びている。
圧巻の光景だった。
「きれいだなぁ……」
彼は思わずつぶやいた。
だがその直後、汚いモップが彼の頭にべたりと張り付いた。
振り返ると、筋骨隆々の男が鬼の形相で立っていた。
「おい、何サボってんだ! さっさと掃除しろ、新入り!」
結局、ハヤトは「蒼きつるぎ」を出すことができなかった。
彼らは必死に受付の男にかけあい、結局パーティ一行は船員として働く、という条件付きで乗船することに成功した。
ハヤトは仕方なく、デッキブラシを使って甲板の掃除を進めた。
しばらくそうやっていると、先の船室のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なあ、アタシの仕事やってくれたら、いいことしてやるよ」
「ほんとですか、姉御!」
「ほんとだよ。内容は、あとのお楽しみね。ま、言わなくてもわかるでしょ?」
「うおお、マジかよ!」
船員たちのはしゃぐ声が響いた直後、ミランダが一人の男を引き連れて現れた。
「ハヤト。あんたの掃除、こいつが代わってくれることになったよ」
ミランダは笑顔で言った。隣にはやたらとにやにやしている船員がいた。船員はハヤトのデッキブラシを奪いとるようにして掃除を始めた。
ミランダは船員に「よろしく」と声をかけたあと、ハヤトを船室内へと連れて行った。
「チョロいもんさ。あいつら女に飢えてやがるから、ちょっとそれらしい事を言うだけでなんでも言うこと聞くからね。とりあえず、これでタダ乗り決定さ」
「だがミランダ、『感謝のビンタ』は彼らにとって『いいこと』でもなんでもないと思うぞ。また被害者が増えると思うと胸が痛むな」
ロバートが現れた。
どうやらこれは彼女の常套手段らしい。
ミランダは舌打ちしてガンをとばす。
「ロバート、だったらあんただけ仕事に戻ってもらってもいいんだよ」
「じょ、冗談に決まってるだろ! 彼らには悪いがありがたいよ。なあハヤト君!?」
「え、ええ」
ハヤトも思わず頷く。
正直、掃除はイヤだった。
ハヤトは窓から船を眺めた。
いくつものマストが立てられている、かなり巨大な帆船である。現在いる船室自体も三階だ。一体何人が乗船しているのか、想像もつかない。
これだけの人が乗れるというのに、一週間以上も待つ必要がある。それだけの影響力が、魔王ソルテスの登場にはあったわけだ。
視線を移すと、バルコニーのところで外を見ているマヤを発見した。彼はミランダに礼をいい、そちらに向かった。