その8(終)
ハヤトは、その光景をスローモーションのようにして見た。
ドールの“魔力”をこめた拳が、マヤの胸に炸裂する。
彼女の体は大きくくの字に曲がり、鮮血が散る。
マヤはその体勢のまま、宙を舞う。
金色の長髪が、空中で狂ったように暴れた。
仰向けになった彼女は、どさり、と地面に落ちた。
「マヤっ!」
ハヤトが駆け寄って彼女を抱えた。
ミランダは、思わず立ち尽くした。ビンスは、その光景を見て楽しそうに笑っている。
「は、ハヤト……くん……」
マヤの口から、吐息がこぼれた。胸部が血でどす黒くなっている。
ハヤトの手も、すでにマヤの血で真っ赤である。
「マヤ……うそだろう、こんなの……」
「ハヤトくん……兄さんを……グラン兄さんを……おねが……」
そう言って、マヤはがくりと首を垂れた。
ハヤトは、それを呆然と見ていることしかできない。
「く、くそおっ!」
ロバートが地面を殴った。
ビンスが、腕をぐっと握る。
すぐ近くにいたドールが、再び“魔力”を溜め、ハヤトに狙いを定めた。
ビンスはにやにやしながら、“魔力”でドールに指示を与える。
だが、ドールの動きはそこで止まった。
ビンスが驚く間もなく、ドールはその場で狂ったように関節をがたがたと震わせ、やがてバラバラになって砕け散った。
ハヤトの叫びとともに、蒼き光が彼の体を包んだ。
「『蒼きつるぎ』……!」
ミランダがつぶやいた。
ハヤトは、マヤをそっと壁に寄りかからせ、すでに大剣へと変化している「蒼きつるぎ」を肩に乗せた。
「ははは! 出たぞ出たぞ!」
ビンスが大声を出しながら拍手した。
「やっぱり凄いな、『蒼きつるぎ』は。うーん、でもずいぶんと大きな剣だねえ。それ、振ることができるのかい?」
ハヤトは剣を一振りして、ロバートに乗っていたドールを斬ると、それを勢いよく蹴りとばした。
ドールはそのまま、跡形もなく消滅した。
ビンスは、それを見て驚愕したようだった。
「なっ!? ぼ、僕のドールが一発で……? さっきのも、ただ消えたんじゃないのか?」
「黙れよ」
ハヤトが静かに言った。
彼の蒼い瞳からは、涙がこぼれていた。
「いい加減にしろよ……人を殺したんだぜ、お前……」
「それが、どうしたっていうの?」
ビンスは腕を突き出し、残ったドールをハヤトに向けた。
……が、その瞬間にまっぷたつになった。
ハヤトは、振り下ろした「蒼きつるぎ」を天にかざした。
「お前だけは、許さねえ」
「許しをこうつもりもないよ」
ビンスは再び、地面をたたいてドールを出す。
「今度はちょっとグレードを上げて、数も増やそうか」
十体のドールが現れた。
「さあ、どうだい? 次はミランダか、そこのお嬢ちゃんを殺しちゃおうかな? どうするハヤト? 君は……」
ビンスの軽口は、そこで止まった。
彼の頭に、すでにハヤトの手が乗っている。
障壁は突き破られ、ドールはすべて倒れている。
「黙れってんだよおッ!!」
ハヤトはそのまま、猛烈な勢いでビンスを地面に叩きつけた。
「お前は、ここで殺す」
ハヤトは剣を倒れたビンスへと向けた。
頭から血を流すビンスは、それでも笑っていた。
「やりなよ。『ゼロ』の破壊力に触れるのも悪くない」
「お望み通り、やってやるよ」
ハヤトが剣を振りかぶると、「蒼きつるぎ」はそれに呼応し、輝きと共にオーラを大きくする。あたかも、刀身そのものがさらに巨大化しているかのようだった。
全員が、ただそれを見ていることしかできない。
「おおおおおおおッ!!」
ハヤトが、力任せに剣を地に叩きつける。
部屋の奥に飾られていた、大きな赤い宝玉が砕け散った。
光がすべてを包んだとき、マヤの腕が、ぴくりと動いた。
【次回予告】
第一の封印が破られ、少年は再び夢を見る。
次第に重なり始める運命に、訳もわからず巻き込まれながら。
次回「女教師と剣の道」
ご期待ください。