その4
「ビンスッ!」
ミランダが叫んだ。
部屋で待っていた男・ビンスは芝居がかった動作で彼女に手をひろげた。
「ああ、会いたかったよミランダ、ついでにロバート! 君たちは変わらないね。元気そうで何よりだよ!」
「ついでは余計だ、ビンス。あのふざけた障壁とこの洞窟は、お前の仕業か。一体何が目的だ」
ロバートが剣を抜いた。
ビンスはにっこりと笑って頭に手をつけた。
「おいおい、五日ぶりの再開だっていうのに、ずいぶんじゃないか。待ってくれよ。この洞窟は僕がやったんじゃない。友人の君たちに疑われるなんて、とても悲しいよ」
「ソルテスか」
話に入ってきたのはハヤトである。すでに「蒼きつるぎ」のオーラは消えている。
「これをやったのは……ソルテスか!?」
ビンスは彼を見て片眉をあげた。
「きみがハヤトだね。新しい『蒼きつるぎ』の勇者」
「答えろよ。お前はソルテスとつながりがあるのか?」
「君もせっかちさんのようだねえ。そんなに生き急ぐと、寿命が縮まるぜ?」
「答えろっ!」
ハヤトは剣を鞘ばしらせ、ビンスに飛びかかった。
ビンスは斬撃をひらりとかわし、ハヤトの胸部分に手を添えると、“魔力”で衝撃波を起こした。
ハヤトは壁に叩きつけられた。
「ハヤト君!」
「おやおや……ハヤト。君ってば、動きがまるで素人じゃないか。“魔力”もからっきしだ。これじゃあ、『蒼きつるぎ』はまだ未完成かな」
「ビンス、てめええ!」
今度はミランダが襲いかかったが、ほとんど同じようにして逆側の壁に吹き飛ばされた。
「ぐう……ビンス!」
「うーん、相変わらずいい声だ。ではそろそろ、説明してあげよう。洞窟は違うが、あの障壁は僕が作った。友人の君たちを巻き込まないようにするためだ」
「けっ、なにが友人だ。たった数ヶ月、一緒に傭兵をやっただけだろ」
「その数ヶ月がいかに、僕の心に花を咲かせてくれたことか! 本来の目的を忘れそうになるくらい、君たちといた期間は楽しかったよ。でも、それももう終わりだ。新しい『蒼きつるぎ』の勇者が現れたからね。ハヤト……僕は君を待っていた」
マヤに抱えられて立ち上がったハヤトがビンスをにらみつける。
「どういうことだ」
「僕は魔王ソルテスのしもべ、ビンス・マクブライト。以後、お見知りおきを」
ハヤトはつばを飲み込んだ。
ソルテスの、しもべ。
つまり……ユイと直接繋がる人物だ。
「ソルテス……ユイに、ユイに会わせろ! あいつは一体何を考えてる。どうして俺をこんな世界に送った! 『蒼きつるぎ』ってのはなんなんだ!」
「おうおうおう。ハヤト、ハヤト。一体いくつ質問するんだ? 僕が全知全能の神だとでも思っているのか? 光栄だがそうじゃない。僕は魔王の手下だ。勇者と戦うのが当然だろう? さあ、『蒼きつるぎ』を出しなよ」
「なめやがって、言われなくても出してやる! 剣よ!」
ハヤトは剣を掲げたが、「蒼きつるぎ」は発動しない。彼は奥歯をぎりとならして地団駄を踏んだ。
「くそ! またかよッ!」
ビンスはそれを見てにやりと笑った。
「どうやらまだ制御しきれていないようだね。でも仕事だからね。なんとしても見せてもらうよ」
ビンスは“魔力”を練って、地面をたたいた。
すると、地面がうねうねと動きだし、突き上がるようにして三体の人形が現れた。人間にそっくりだが、顔は何も描かれておらず不気味である。三体とも、きらびやかなドレスをまとっている。
「さあ、『ドール』のみんな。この人たちと遊んであげなさい。ハヤト君以外は、殺してしまってもいいからね」
ビンスが指をはじくと、「ドール」と呼ばれた人形が動き出す。一体はミランダのほうへ、もう一体はルーとロバートへ、最後の一体は、ハヤトとマヤへと向かった。