その3
しばらく歩いていくと、少しばかり開けた空間に出た。
と、言うよりもそこは部屋と呼ぶべき場所だった。四方の壁が綺麗に平らになっており、明らかに人の手が加わっていたからだ。
道はそこで途切れていた。
「なんだなんだ。行き止まりか? 妙だな、分かれ道はなかったはずだが」
ロバートが部屋を見回した。
「何かあるの」
ルーが指を指す先には、竜と剣のようなものが描かれたレリーフがあった。全員がそこに集まる。
レリーフには、長細い透明の筒のようなものがくくりつけられており、隣にはこう刻まれていた。
「『力を示せ』……?」
ミランダが首をひねる。が、すぐに手を打った。
「要するに、ぶっこわせばいいんだろ!」
槍を抜いて突進するミランダ。しかし、空気のはじける音とともに逆に弾き飛ばされてしまった。
「いってえ! なんだよ、これ?」
「また“魔力”の障壁なの」
「じゃあ、もしかして『力』って……?」
マヤが“魔力”を少しばかり練ってレリーフをたたく。
すると、取り付けられた筒に黄色い水が少し溜まったが、すぐに消えた。
「やっぱり、“魔力”のことね。この筒をいっぱいにすればいいのかしら? だったらルーちゃん、やってみてくれる?」
「わかったの!」
ルーがレリーフに手をつき、“魔力”を全開で練る。
みるみるうちに、筒に水が溜まっていく。
「おおっ、いけそうだな。がんばれ、おチビ」
「チビって言うななの!」
だがロバートの応援もむなしく、筒の水は半分程度で止まってしまった。ルーはその後もしばらく“魔力”を練っていたが、やがてぺたりと倒れ込んだ。
「だめなの。ルーの“魔力”じゃ無理みたいなの」
「と、なると……」
全員の視線は、当然のごとくハヤト・スナップへと注がれた。
ハヤトは大きくため息をついた。
「……そう来ると思ったよ」
「ハヤト君、ここに来る前の障壁では、ちゃんと『蒼きつるぎ』を出せてたじゃない。ねえ、あの時は何をしたら出たの?」
マヤの質問に、ハヤトはたじろぐ。
「え、えーと……それは……」
「どうしてそんなに言いにくそうにしているの? 教えてくれれば今後、私たちも『蒼きつるぎ』を出すのに協力できるかもしれないじゃない?」
「一理あるね」
ミランダが立ち上がって、ハヤトの鎧を掴んだ。
「あの時はアタシが鎧を脱がせようとしたら発動した。つまり同じことをすりゃいいんじゃないか?」
マヤは、え、と口を開く。
「脱がせようとした?」
「そう。男女の契りを交わすつもりだったんだ」
マヤの顔がぼっ、という音とともに真っ赤になった。
「ち、ち、契りって、ハヤト君、やっぱり!」
「待ってくれ、誤解だよ誤解! ミランダさんも、やめてくださいって!」
「いいじゃんかよ、ハヤト。ちょっと全裸にするだけだから」
「それのどこがちょっとなんですか!」
理解はしていなさそうだったが、ルーの耳がピンとはねた。
「子作り!」
「なんだいガキ。あんたもハヤト狙いかい。悪いけど、そのぺったんこじゃ勝負にならないね」
「女の価値は胸なんかじゃ決まらないっておばあちゃんが言ってたの! それにルーはまだ子どもだから可能性は無限大なの! マヤとは違うの!」
「なっ、なんで私が出てくるのよ! 私だって胸なら……って、どうしてそうなるの!」
「だったらその手を離しなよ、マヤ。ハヤトはアタシがもらう」
「ハヤトはルーと子作りするの!」
ハヤトは人形のように両手を引っ張られ、今にもちぎれそうだ。ロバートは口笛をならした。
「うらやましい光景だな」
「し、死にそうなんですけど……」
「とりあえず、なんとか『蒼きつるぎ』を出してくれよ。ビンスだけじゃなく、例の赤い髪の女とやらのことも気になるしな」
その瞬間、ハヤトの目が大きくひらいた。
そうだ。赤い髪の女。ユイがここにいるのかもしれないのだ。
ユイに会ったら、何を言おう。
まず叱ろうか。それとも、優しく抱いてやろうか。
……会いたい。ユイに会いたい。
マヤたちはハヤトの取り合いをやめた。
彼が青白く光りだしたからだ。
ハヤトは、蒼く光る目でレリーフを見据え、ゆっくりと歩き出した。
オーラをまとった手でレリーフをたたくと、一瞬にして、筒の水が一杯になった。
ごごご、という地響きとともに、レリーフがまっぷたつになるようにして壁が開いていく。
その先の部屋には、赤く輝く大きな宝玉と、黒いローブを着た一人の男がたたずんでいた。
「ブラボー、『蒼きつるぎ』の勇者。そしてようこそ、宝玉の間へ」