その1
王都ベルスタから馬車で数日ほど走った先にある町、ガスタル。
「はい、お釣り。どうもありがとう」
店主は笑顔で小銭を渡した。
「こ、こちらこそ、ありがとう……なの」
いくらかのパンが入った袋を持つルーは、恥ずかしげに言った。店主はにこりとしてルーの頭をなでた。
彼女はびくんとしたが、やがて三角耳をぴくぴく動かして店主の顔を見た。
「よく言えました。お嬢ちゃん、おもしろいアクセサリーをつけてるね。今日はひとりで来たの?」
「ハ、ハヤトとマヤが一緒なの」
「友達かな? 三人で遊びに来たのかい?」
「そうなの。それでルーは、ハヤトと子作りするの」
店主の表情が変わる。
「こ、子作り……?」
ルーはうんうんと頷いた。
「うん。これからハヤトと子作りして、たくさん、たくさん……」
店主が絶句していると、ハヤトがドアを勢いよくあけて入ってきた。
「ルー! さ、さあ、おもしろおかしい冗談でおじさんを驚かせるのはやめて、先を急ごうじゃないか!」
「冗談じゃないの! ルーはハヤトと!」
「し、失礼しましたー!」
ハヤトはルーを抱き上げ、逃げるように去っていった。
店主はぽかんとしていた。
「ハヤト! 降ろしてなの!」
「バッカ野郎! それは他人に言うなって言ったじゃないか! いらぬ誤解を招くだろ!」
「誤解じゃないの! おばあちゃんに言われたの!」
ガスタルの町中を走りながら、二人はごたごたと言い合いした。
ルー・アビントンは、人狼型モンスター一族の末裔である。人を食ったりはしないが、人間から“魔力”の高さが危険だと判断されたため、モンスターとしてこの世界の図鑑に載っている。
モンスターといえど、いつかは絶滅する。彼女たちの一族は女性、つまりメスが何十年も生まれず、個体数が一気に減ってしまった。
「だから、おばあちゃんはルーに何度も言ったの。『おまえが最後の女の子だから“魔力”が自分より何倍も強い人を探して子どもを作りなさい』って。そうしてルーは一族を復活させるの」
ハヤトは噴水のある広場でルーをおろした。
「それはもう何回も聞いたよ。でも、子作りって……どういうことかわかってるのかよ?」
「もちろんわかってるの。まずルーがハヤトに……」
「はい、ストップ!」
そこに現れたマヤが話を止めた。赤面している。
「二人とも、真っ昼間からそんな会話はやめなさい。誤解を招くわ。ルーちゃん、そういう話は人前でしちゃダメなの。わかった?」
「……わかったの。人間と同じようにするの」
ハヤトとマヤはため息をついた。
ルーが旅に同行して二日。彼女は事あるごとに「子作り」という単語を連呼する。町に着いてからはこういったことの繰り返しで、ハヤトとマヤは何度も肝を冷やしていた。
最初こそ人を怖がっていたルーだったが、どうやら人間が思っていたほど怖い存在でないとだんだん理解してきたようで、少しずつではあるが二人ともとけこみ始めていた。
マヤはあごに手をやり、首をかしげた。
「でも、どうしてハヤト君なんでしょうね。『蒼きつるぎ』がすごいのはわかるけど、“魔力”がたくさんあるようには見えないんだけど……」
ルーは首を振った。
「ハヤトの“魔力”は、ルーのなん倍もすごいの。ハヤトの“魔力”なら、きっとたくさん子どもが生まれるの。だから子作り!」
マヤは彼女の口をふさいだ。
「とにかく、この子には他人の“魔力”を見抜ける力があるのかもしれないわ。もしそうだとすれば……ハヤト君、買ってきた?」
ハヤトは頷いて紙を巻いて束ねたものを取り出して開いた。
紙には文字がびっしりと書かれている。ハヤトには読むことができない。
マヤはそれを確認した。
「なかなかいいスクロールだわ。それを手に当てて、“魔力”を練る練習をしてちょうだい」
「これを使えば、俺にも魔法が使えるようになるのか?」
「ええ。自分の体内にある“魔力”を練ることができるようになれば、おのずと魔法も身につくはずよ。それまではこれで練習ね。とりあえず物資補給も済んだし、ほこらのあるファロウの村をめざしましょう」
「わかった。魔法かぁ……どんなのが使えるのか楽しみだな」
「ルーも、ルーも見るの!」
ルーはハヤトが持つスクロールを見ようとぽんぽん跳ねていた。
ハヤトがルーに見えるようにしゃがむと、彼女は目を輝かせた。
「あっ、これルーも知ってるの! おばあちゃんと練習したの!」
「ほんとか? じゃあルー、やり方を教えてくれよ」
「まかせてなの! まずね、この紙を置く場所を探すの!」
ルーはハヤトからスクロールを奪い取ってぱたぱた走り出した。
突然走ると危ないぞ、とハヤトが注意しようとしたのもつかの間。ルーは少し後ろにいた女性の足に衝突した。
「ぐへ……」
頭を打ったルーはくるくる回ってその場に倒れ込んだ。
「おいガキ、大丈夫か?」
少し乱暴な口調の女が、ルーのフードをつかんだ。