その5
『ルー! きさま、どこに行っていた!』
ハヤトたちはルーが入っていった部屋を覗いていた。怒鳴り声は部屋の奥から聞こえる。ドアが少ししか開いていないので、声の主が誰なのかは見ることができない。
「またお金をとってきたの」
『おう、そうか。よしよし』
「でも、人がきたの」
『なに!? まさか障壁を壊したのか?』
「わからないの」
『人間がここまで来られるわけなかろう。まさかルー、おまえがここに連れてきたんじゃないのか』
「ち、違うの!」
ルーが声の主におびえているのがよくわかった。
一体、何者なのだろう。
『ルーよ、わかってるんだろうな。わしは、お前みたいなちんちくりんがどうなってもかまいやしないんだ。だがお前の一族は、それじゃ困るんだよな?』
「そうなの。ルーの一族は、ルーが最後なの……血を絶やしちゃいけないって、おばあちゃんに言われたの」
『でも、お前みたいな奴が人間の世界に入っても、生きていける訳がない。だって人間は怖いからな。お前なんて取って食べてしまうぞ。だからこの屋敷でわしに使われているままなのが、一番なのだ。わかったな?』
「……うん」
『お前が今後も金を盗んで来てくれるなら、わしはお前を見放さない。だがお前がそれをやめるというのなら、わしはお前のことなんてどうでもよくなるし、殺すかもしれない。よし、今夜は新しい条件を出そう。その人間たちを殺してしまえ。殺せばお前の命を保証しよう』
ルーは少しだけ困惑した表情を浮かべた。
「……殺すの?」
『当然だ。いつか覚えさせるつもりでいた。いい機会だろう』
「殺す……」
『文句があるのか? ならばお前を殺すまでだ』
「……わかったの」
ハヤトは思った。むちゃくちゃだ。
私利私欲のためにあんな小さな子を利用するなんて。
横で話を聞いていたマヤも同じ気持ちのようだった。彼女はドアに足のうらをつけて、思い切り蹴り飛ばした。
「ちょっとあんた! さっきから話を聞いてみれば……なんてド畜生のくそったれなの! そこになおりなさい!」
だが、マヤはそのまま硬直した。
部屋にはルー一人しかいなかったのである。彼女は驚いた表情でこちらを見ている。
『ちっ、人間め。本当に迷い込んできやがったのか』
だが、先ほどの声が聞こえる。マヤは辺りを見回しながら剣を構えた。
「姿を現しなさい!」
『さあルー、この人間たちを殺せ! モンスターは人間を殺すものだ。思い切りやってみろ』
「……わかったの」
ルーは何もない空中に向かって頷き、両手を外に向けてつきだした。“魔力”が増幅していく。彼女の周りに風がふき、フードが脱げた。
「あっ……!」
ハヤトは声をあげた。
ルーの栗色の髪の中に、動物のような黒い三角耳が生えている。
「行くの……『エッジ』!」
ルーの手元から緑色の“魔力”の塊のようなものが現れた。彼女はそれを投擲する。
塊は空中で形を変え、ブーメラン状になる。
ハヤトは身構えたが、マヤに突き飛ばされるようにして倒れ込んだ。
直後、後方のドア付近がすぱすぱと斬れ、その場に飛散した。
「ハヤト君、『エッジ』は“魔力”を刃にする魔法よ! 体で受けたらまっぷたつになるわ」
「ま、まじ……?」
ハヤトたちが起きあがると、また声が聞こえた。
『おいルー! 何をやっている! 館に傷をつけるんじゃない』
「ごめんなさいなの」
『まあいい。確実に追いつめろ。だが柱に注意するんだ。つぎ、柱をやったらお前を殺す』
「気をつけるの」
ルーはもう一度「エッジ」の詠唱を始める。マヤとハヤトは部屋を飛び出した。
今度は踊り場付近の手すりがバラバラになって吹き飛んだ。
「なんて“魔力”なの……? 『エッジ』をここまで使いこなすなんて、ただ者じゃないわ。ハヤト君、いったん退きましょう! この屋敷、不気味だわ!」
マヤはハヤトの手を取ったが、ハヤトは逃げようとしなかった。
「いや、待ってくれ」
「どうして!?」
「あのルーって子……なんだか辛そうに攻撃してる。きっと本当はこんなこと、やりたくないんだよ」
「それは、そうかもしれないけど!」
ハヤトは、剣の柄を強く握った。
「スッゲーわかるんだよ……楽しくもないことをやらされるってのは、なんというか本当にむなしくて、たまに自分が一体何者なのかわからなくなって、不安で……でも結局、何も変えられずに、続けるしかねえんだ」
「ハ、ハヤト君……?」
「でもそうじゃないんだよ。変えたいんだ。本当は、変えてみたいんだよ。ただそれがちょっと不安なだけで! 助けてくれるって人が一人でもいたら、自分の世界は変えられるかもしれないんだ」
ルーが部屋を出て、こちらに歩いてくる。
『さあルー、やれ!』
例の声が、彼女をけしかける。
ルーは少し躊躇しているが、もう一度同じことを言われ、魔法の詠唱に入った。
「ルーちゃんよ」
ハヤトは彼女の前に立ちふさがった。
ルーは驚いたように耳をぴんと立てて彼を見た。
「つまんねーだろ、それ」
「……」
「やめようぜ。お金とるのも、人を殺すのも。本当はやりたくないんだろ?」
「……でもやらないと、殺されるの。人間はルーを食べるから怖いの」
『ルー! 人間の言うことに耳を貸すな!』
「黙れよ!」
ハヤトは叫んだ。
「なあルーちゃん、人間はそんなことしないよ。確かに悪い奴もいるかもしれないけど……君みたいな子を食べたりなんてしないさ」
ルーはハヤトの目を見た。やがて、詠唱を止めた。
「じゃあもう一度聞くぜ。……やりたく、ねーんだよな?」
ルーは、表情を変えぬまま、ちょっぴり頷いた。
ハヤトはにっと笑った。
「だったら、俺でよければ協力するぜ」
ハヤトの瞳が蒼く光った。