その3
「こんにちは、初めまして。ユイ・ソルテスといいます」
ユイはそう言った。
確かに「初めまして」ではあるのだが、部員全員がその顔をよく知っていた。
アンバーはそれを見て頷く。
「みんな、他の生徒には広言しないようにね。パニックになっちゃうから」
ロバートが全力で首を振った。
「い、いやいやいや! 十分に俺たちがパニックですよ! どうして世界トップクラスのコーディネーターがここにいるんですか!? 確かにマヤちゃんの留学している高校にいるって話は聞いてましたけれど」
「そうね、紹介の必要はないだろうけれど。ベルスタ王国のユイ・ソルテスさんよ。今日は彼女の意向で、こちらに足を運んでくれたの」
マヤはユイに笑顔を向けた。
「ユイちゃん。それで、どう?」
ユイはしばらく部員たちを眺めていたが、やがて首をふった。
「ううん。違った」
そう言われて、部員たちの顔が蒼白する。
いったい、何が「違った」というのだ。
視線に気づいたマヤが、慌てて彼らに説明する。
「ち、違うのよみんな。私がみんなの話をユイちゃんにしたらさ、『なんだか知っている人がいるかもしれない』って言い出してさ……仕事も全部キャンセルしてまで、この小泉町まで来てくれたの」
ユイは恥ずかしげに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい……。マヤさんの話を聞いていたら、いてもたってもいられなくなってしまって」
ロバートがおそるおそる聞く。
「知ってる人って、誰のことなんですか?」
「……わからないんです」
全員が首をひねる。
「なんだか、昔から何かが……というより、誰かが足りないような気がしていて……でも、それが誰なのか、わからないんです」
雲を掴むような話だった。
微妙な空気になったのを悟ってか、ユイは笑顔を見せた。
「そ、それと! 外国の部活動というのも、見てみたかったんです。なんだか楽しそうだなあと思って。ねえみなさん、これからちょっとだけ、一緒にやりませんか?」
「えっ」と、部員たちは声をあわせた。
「マジで……? あのユイ・ソルテスと一緒に……?」
「レベルが低すぎて笑われないかな」
「確かにまたとないチャンスだけど」
「まだ現実感がない」
アンバーが手を叩く。
「みんな、それ以上のネガティブな発言を禁じる。今日はマヤさんとユイさん、二人を加えてやってもらう。世界トップクラスの技を、直に感じてほしい。正直、私も早く見たいのですぐ準備するように。衣装は本番用でな」
全員が、いそいそと準備を始める。
と言っても、着替えるだけである。
「とんでもない展開になったなあ」
革鎧を着込んだロバートが、つぶやいた。
その背を、やたら露出度の高いコスチュームに身をまとったミランダが叩く。
「いいじゃん。来た甲斐あったろ?」
「うん、僕も正直、今日は来ておいて正解だったと思う」
ローブを羽織りながら、ビンスが言う。
「なにせユイ・ソルテスと言えば今や世界の頂点に立つコーディネーターだ。勉強させてもらおう」
「お前、根はまじめなんだな」
「いつでも真面目さ。僕は彼女の演技をテレビで見て、この部に入ったんだからね。興奮が止まらないよ」
「よーし、準備できたな、お前ら!」
赤いローブを着たグランが、体育館の中央に立って言った。
隣には、体のラインが出るぴっちりとした白いスーツを着たマヤが気分よさげにしている。
「懐かしいな、小泉高校の円陣」
「マヤ、お前ほどじゃないだろうが、俺たちだって少しはマシになっているはずだぜ」
「そんなの関係ないよ。一緒にできることが純粋にうれしいの」
「……そうか。ユイちゃんも、お手柔らかに頼むぜ」
「はい」
黒い鎧を着たユイは、ほほえんだ。グランは笑顔を見せて、ミハイルに言った。
「部長、号令頼むわ!」
ミハイルはこくんと頷いた。
「全員、位置につけいッ!」
グラン、マヤ、ユイを中心として、部員たちは円を作るように集まった。
アンバーがそれを確認すると、右手を上に掲げた。
「よし、では始めてくれ。ショータイムだ」
彼女がパチンと指を弾くと、体育館が一瞬にして真っ暗になった。
暗闇の中に、ぽつと、小さな光が灯った。
よどみのない、青白い輝きだった。
グランは、手の中の光を、じっと見つめた。
「今日も輝け、俺の“魔力”よ」
彼が手をくるりと回すと、光は一度、同じように弧を描き、同色の筋を残した。
それを合図にするようにして、巨大な“魔力”の円がその場に現れた。
円は、踊るようにして動き出す。
「よっしゃ、いくぜええッ!」
ミランダが深紅の“魔力”を天に投げ込む。
「お姉ちゃん、負けないよ!」
コリンが合わせるようにして、桃色の輝きを放り込んだ。
「相変わらずいい色だね、二人とも」
ビンスが真っ青な“魔力”の輝きを、ふりまいた。
「お前等、ちゃんと合わせろって!」
ロバートが淡い橙色の輝きをまといながら、三人の輝きを誘導する。
「ロバート君は相変わらず、タイミングがばっちりだなあ。それに比べて僕は……」
先導されてきた輝きを、動きやすそうな布の服を着たリブレが取り、淡いエメラルド・グリーンに変える。
「ネガティブバカ。色は誰が見てもあなたが一番なのよ」
奪い取るようにして、ドレスを着たレジーナがそれをくるくると回転させる。
「貴様等、少しは緊張せんかッ!」
ミハイルの叫びとともに、ふらふらと点在していた輝きが次々に弾け、その光を強める。
「ミハイル君、うるさい」
猫耳付きフードを被るルーが、それを再び収縮。
点滅が始まる。
「やっぱり兄さんが言っていたとおり、レベルが高いかも……!」
シェリルが点滅に黄土色を乗せる。
「さすがね。綺麗で、それでいて型がない。このアンバランスさ、楽しいな!」
マヤが手を掲げると、全ての輝きが筋を残しながら、宙を舞う。
「そうだ。俺たちに型なんてねえ。自由にやるのが俺たち、小泉高校マジックアート部だ!」
グランが、それらを大きく回す。
光が、回転しながら四方八方に弾ける。
ソルテスは、それを楽しげに眺めていた。
「やっぱり来てよかった。マヤさんの言う通り、ここの人たちのマジックアートは、見たことがない! でも、どうしてだろう。なんだか懐かしい」
ソルテスは“魔力”を練って、両手を広げた。
瞬時に、蒼い輝きが体育館中に広がり、部員たちの輝きとぶつかりあい、虹色の光の粒となってきらきらと周囲を舞った。
光に照らされた部員たちは、笑顔だった。




