その3
夜の森の中を疾走する。
幸い、月明かりが差し込んできているので何も見えないという訳ではない。
ハヤトは狼を追いながら思った。
どう見てもこちらの言葉を理解していた。おまけに魔法のようなものまで使っていた。だが、もうこの世界では何があっても驚くまい。とにかく、財布を取り戻さなければ。
「ハヤト君、何事!?」
後ろからマヤの声が聞こえてくる。
どうやら自分が走るのを見て起きたらしい。しかし、説明している暇はない。
狼は時折走る方向を変えたが、なんとかついていけた。
足の早さで動物に勝てるはずがないのだが、どうにも、狼の走りが微妙にぎこちないのである。
狼はこちらをちらりと見たあと、スピードを上げた。
そしてハヤトは見た。狼が煙のように姿を消すところを。
「うおっ!?」
ハヤトはその場で足を止めた。周りを見るが、草木が揺れているだけだ。狼が消えた場所の先にも同様の景色が広がっている。
「どういうことだ?」
「ハヤト君、どうしたの? たき火から離れると危ないわよ」
追いついて来たマヤに状況を説明する。
彼女は自分のシャツをまさぐって、手を顔にやった。
「やられた……眠るときは油断しないように特に注意しているのに……」
どこがだ、とつっこみたい気持ちをハヤトはおさえた。
「なあ、その狼がこの先で消えちまったんだけど、どういうことなんだろう」
「うーん、モンスターでもないのに魔法を使ったのかしら」
「ああ、財布も浮かせてたぜ。それで、さっきこの先に走っていってよ……」
ハヤトが説明しながら、さっきの狼が消えた地点へと歩いていく。
「この辺りで、姿を……」
そこまで言って、指を指した時だった。
ばしんと言う振動を伴った音とともに、何もなかった空間に突如として穴のようなものが現れた。
「な、なんだこりゃ!?」
「『ウォール』の障壁だわ! 空間をねじまげる高等魔法よ。もしかして……」
マヤは穴の中へと入っていく。ハヤトもおそるおそる、それについていく。
穴の先には、大きな屋敷があった。