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イモータル・マインド  作者: んきゅ
最終話「史上最大の兄妹喧嘩」
207/212

その7

 隼人は、絶望のふちに立たされた。

 

 間に合わなかった――。


 対して唯は、優しくほほえむ。


「お兄ちゃん、ひょっとして責任感じてる? そんなことないよ。だって、すごく頑張ったもの。もしかしたら、まっとうに行けば間に合っていたのかもしれない」


 そう、二人の戦いが始まって、まだ十五分も経っていない。

 タイムリミットまでは、一時間以上あった。


 それでも、唯の二本目の「レッド・ゼロ」は、確かに覚醒していた。


「ズルだとか、そういうことじゃないの。単に、私たちが戦ったことで、色んな常識が壊れて、覚醒が早まっただけ。それだけなの。運よ。サイコロを振って七が出たとか、スライムを倒しただけなのにエンディングが始まったとか。そういう類のインチキじみた結果ではあるけれど。運なのよ」


 ともあれ、二本目の「紅きやいば」は、完成した。

 地鳴りが起こり、スポットが揺れ始める。


「じゃあ、始めるね。二つの世界の破壊と、私とあなたの世界の、創造を」

「やめろ、唯っ!」

「くどいよ。もう泣き落としも脅しも通用しない。このゲームは、私の勝ち。お兄ちゃんはそこで倒れてて。お兄ちゃん周辺の重力法則を破壊。五千倍くらいでどうかな」


 隼人は「スポット」の地べたにずんと押しつけられた。

 「鎧」がはがれるどころか、彼は自分の骨がものすごい勢いで折られてゆく音を聞いた。

 動けない。


 唯はそれを確認すると、二本の「紅きやいば」を、天に掲げた。


「長かった……。ここに来るまで、本当に長かった。でも、全部終わり。やっと報われるんだ。ここまで努力してきて、本当に良かった。『紅きやいば』……いや、『レッド・ゼロ』に命じる。二つの世界を、『破壊』せよ」


 「レッド・ゼロ」が輝き出し、光の筋が立ち上った。併せて「スポット」の揺れが増す。


 その場に押しつぶされながら、隼人は思った。



 負けた。



 完全に、負けた。


 唯が、妹が、世界を破壊する。それも二つ。


 彼女の言葉通りにことが進めば、自分が死ぬことは恐らくない。


 彼女と二人の世界とやらが、待っている。


 それはそれで、悪くないのかもしれない。


 自分は、やるだけ、やったはずだ。


 結果として彼女の力になってしまったが、きっとこうなることこそが、自分の運命だったのだ。


 こんなエンディングでも、悪くない……。




『悪くない、訳ないよ!』



 だけど。だけれど。もう、ここまで来てしまった。「世界の破壊」は、始まってしまったのだ。



『だったら、それこそ……「蒼きつるぎ」の出番じゃないの!?』



 力の差が、ありすぎる。



『約束したじゃない! 戻ってくるって!』



 ごめん、もう約束は叶えられそうもない。



『ここで諦めたら、全部無駄になるのよ! 全員がやってきたことが、なかったことになってしまう! 命を捨てたみんなの思いを無駄にするなんてこと、私は許さない! 私の好きな君は……こんな苦境、いつだって、何度だって、全部。必死な顔をして破壊してきたわ! だからいつもみたいに立ち上がってよ、ハヤト君! また、笑顔を見せてよ!』



 隼人の体に、光の亀裂が入った。



 そうだった。


 苦境……確かに、そうだ。今だって、そうだ。

 苦しい気持ちに苛まれ、逃げたくなり、現実から逃避したくなる。

 それでも、ここに来てから、自分は何度でもあがいていた。

 この異世界に来る前までは、そんなことはなかった。


 だが、この世界で、この旅で。自分は知った。


 この世界には、どんな苦境に陥ってもわけが分からないほど、熱く生きる人間たちがいることを。


 それは、なぜか?


 その中に、隠れた自分の力を引き出す何かがあるからだ。

 その時の胸の高鳴りこそが「生きる」ということだからだ。

 苦境に挑むことこそが「生きる」ということだからだ。


「だから……」


 隼人は、ぐちゃぐちゃになったはずの右腕を、地に付ける。


「二人きりのぬるい世界なんて、あっちゃいけない」


 左腕を付けたところで、唯が気づく。


「重力、一万倍」


 どちゃ、と、もはや人間から発するべきでない音が聞こえた。

 それでも隼人は、原型のなくなった手をつく。


「苦境に挑んで、例え失敗しても。その中に、自分を構成する何かが埋まっている。それを見つけられるから……生きるのはおもしろいんだ。それだけは、何があっても否定できない! 破壊できない真実だ!」


 隼人は、片膝をつく。

 光の筋が、輝きを増す。


「唯……お前のやっていることは、単に嫌な世界から逃げているだけだ。その先に、お前が望むものなんて、何もない!」

「黙って……黙ってよ! 耳障りだよ! そんな説教、今更しないで!」

「確かに説教なのかもしれない。でも、俺にはその役目がある」



 そうして、勇者は立ち上がった。



「だから!」



 勇者の右手に、「蒼きつるぎ」が握られる。

 「鎧」が、彼の体に再び装着される。

 その「瞳」には、未来を見据える文字盤が浮かんだ。

 そして、彼の背中から、蒼い稲妻のような翼が二本生えた。



「やっぱり俺は、お前を止めるッ! お前がそんな風に閉じこもっていくのは、もう見たくないんだよおおおッ!!」



 隼人の体に「蒼きつるぎ」が突き刺さると、彼の体が勢いよく輝きだした。

 唯は、それを見て唇を震わせた。


「あ、ありえない……! そんな……! そんなの……!」


 隼人の手に握られていたのは、二本の「蒼きつるぎ」だった。


「唯。戻ってこい。もうやめよう、こんなこと。世界に出よう。この薄暗い場所から、外に出よう」

「嫌だっ……! いやだああああああッ!」


 唯の体から、紅い“魔力”が放出される。二本の「紅きやいば」が、狂ったように輝きだす。


 呼応するように、ふたつの「蒼きつるぎ」が、輝いていく。

 隼人の目に、もう迷いはない。

 彼は走った。妹の元に。

 妹の名を、呼ぶために。


「『帰ってこい、唯』!」

「『嫌だあああああ』ッ!」


 二つの言霊の衝撃は、「スポット」中を駆けめぐった。

 “魔力”の渦に、紅と蒼の“魔力”が突っ込まれ、回転を始める。

 空間が、回転を始める。


 隼人は、二本の剣を振り抜きながら、もう一度言った。


「『帰ってこいッ、折笠唯』!」


 蒼き光の勢いが増し、“魔力”の渦はとうとうその姿を消し去っていく。

 世界に、「スポット」にひびが入る。

 唯の体にも、同様の亀裂が入った。


「嫌だ、嫌だ、嫌だあああッ!」


 そして。

 魔王・折笠唯の「レッド・ゼロ」からなる二本の大剣「紅きやいば」は、粉々になって「スポット」の床へと散らばった。

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