その4
「そろそろ、いいかな」
ソルテスが剣を肩に乗せる。自分がよくする仕草にそっくりだと、ハヤトは思った。
「飽きちゃったからさ……私の本気、見せてあげるよ」
言い終わった瞬間、既にソルテスの姿はそこになかった。
視界から、一瞬にして消えたのである。
「ッ!?」
ハヤトがそれに反応した時、自分の背後から、何かが飛んで来て目の前にぼとりと落ちた。
見慣れていたものだったが、違和感があった。
こんなものが、こんな角度で見えるはずがないと、ハヤトは思った。
斬り落とされた自分の右腕と、その手に握られた「蒼きつるぎ」を見ながら、彼はどうしてか冷静に、そう思った。
「うあああああああッ!」
体から鮮血が吹き出し、痛みに声を上げた頃には、同じようにして左腕が彼の目の前に落ちた。
「これで、剣は握れないね」
いつの間にか、ソルテスがさっきと同じ場所に立っていた。
その剣には、血がべっとりとついて滴っていた。
「次で確実に、殺すよ」
ソルテスが、再び消える。
ハヤトは両腕を無くしたことでバランスを崩し、倒れそうになっていた。
だが。ここで倒れる訳にはいかない。
『そうなの! ハヤトはこの戦いに勝って! ルーと結婚するの!』
彼がぎらりと見開いた蒼い両眼に、時計の文字盤が浮かぶ。
針がぐるぐると回転を始め、ハヤトは見た。
自分の背に「紅きやいば」を突き立て、大笑いするソルテスを。
ハヤトは「グローボ」を倒れかかる体に乗せ、勢いのまま前方に飛ばした。
ソルテスの突きが、空を斬る。
ハヤトは空中で「グラスプライン」を発動させ、自分の両腕をあるべき場所へと縫いつけた。
そんな中でも、未来を見る。
今度は、下だ。
「蒼きつるぎ」と「紅きやいば」が再度ぶつかりあった。
「……見えているっていうの!?」
「まあな!」
そうは言ったが、ソルテスが何をしているのか、ハヤトにはまったく理解できていない。
だが、結果は「視える」。
二人の剣が超高速でぶつかりあう。その度に強烈な振動を伴った“魔力”の爆発が起こる。
ソルテスは少しばかり、その顔をゆがめた。
「気に入らない!」
「もう種切れか!?」
ソルテスは明確な怒りを表情にすると、再びその場から姿を消す。
ハヤトはなんとなく感づく。おそらく単なるスピードによるものではない。もっと何か、大きな力を活用した――。
思考はそこで途切れた。ルーの能力で未来が見えたのである。
ハヤトはぎょっとしながら上方を見上げた。
「マジかよ!?」
視界を覆い尽くすほど、巨大な岩の壁。
王都ベルスタの、城壁だ。
「死ねえええッ!」
ソルテスは城壁をハヤトに投げつける。
ハヤトは雄叫びを上げながら、その体を次々に分身させる。
三百本ほどの蒼い剣に、同色の炎が灯った。
「『火遁・蒼炎牙!』」
『隼人。このくらいは、切り抜けてみせろ。お前が――君が、勇者だというのなら!』
「わかってますよ、先生ッ!」
ハヤトたちが刀身を次々に城壁へとぶつける。
城壁が燃えながら、勢いよく吹き飛んでいく。
ソルテスの姿はない。
その瞬間、ハヤトはようやくソルテスの攻撃の正体に気が付いた。
「『蒼きつるぎ』! 周囲の『時間の流れ』を破壊ッ!」
ばらばらになって空を散っていた城壁が、ぴたりと止まる。
こちらに向かって剣を振りかぶっているソルテスが、目の前に見えた。
「遅い!」
ソルテスは、剣を振り切る。ハヤトの体が両断された。
彼女はにたりと笑って追撃を加えようとしたが、呆れたような顔をしてそれをやめた。
「お兄ちゃん、つまらないまねはやめて」
「つまらなくはねえ。仲間からもらった、幻術だ」
斬られたハヤトの体がぱっと消える。
背後に立っていた本物の彼は、「蒼きつるぎ」を肩にとんと乗せた。
「時を止める、か。まるで昔のバトル漫画だな」
「そうね。私の能力は、だいたいがバトル漫画のマネだよ。お兄ちゃんには通じなくて当然かもね」
「その能力を最初に使った奴は、今みたいに相手に同じ能力を使われて負けたんだぜ」
「あれはバカみたいに油断していたからでしょ。相手が成長していることを認めながら、勝った気になって高笑いしちゃって、間抜けだわ」
「まあ、確かにな……」
そんな会話が自然にできてしまって、ハヤトは改めて悲しくなった。
紛れもない。彼女はずっと一緒に暮らしてきた妹、折笠唯だ。
しかし彼はそこで、言いようもない違和感に再びとらわれた。




