その2
勇者と魔王が、とうとう対面した。
お互い言葉が出てこなかったが、しばらくして勇者が口火を切った。
「ソルテス。お前は間違っている。だから、止めに来た」
「ソルテス」。
そう呼ばれて、魔王は少しだけ、寂しげにした。
「お兄ちゃん、グランたちは。みんなは」
勇者は目を伏せとても言いにくそうにしていたが、やがて彼女を見た。
「全員、死んだよ。勇者の仲間も、魔王軍も。みんな死んだ。俺とお前以外、もう残っていない」
「……本当に?」
「ああ。だが、戦いはまだ終わっていない。世界が崩壊するまであと何時間あるのか知らねえけど……お前が、魔王が残っている。それと、勇者もな」
「お兄ちゃん」
魔王の口調は、奇妙なほど明るかった。
「お兄ちゃん、もう遅いの。教えてあげるよ。あと二時間。私の『レッド・ゼロ』が覚醒するまで、あと二時間残っている。けれど、もう世界同士がぶつかりあうのは避けられない。もうとっくに、世界は重なり合い始めている。あなたには見えないかもしれないけれど、二つの世界は崩壊をはじめているの。たぶん、ここ以外はもうほとんどなくなっていると思う」
「それでも!」
勇者は「蒼きつるぎ」を構えた。
「それでも俺は、お前を止める! それが兄としての役目だから! 俺は間違っていることを、間違っていると……お前に当然のことを言いに来たんだ!」
魔王はそれを聞いて、ほんの少しだけ、口角を上げた。
「……話し合いじゃ、もうどうにもならないみたいだね」
彼女は「紅きやいば」を呼び出した。
「やろうよ。兄妹喧嘩」
「もうこれはただの喧嘩なんかじゃねえ。お前が最初に言ったことだろう。これからやるのは、世界をかけた殺し合いだッ!」
勇者ハヤトが、剣を振りかぶって地を蹴る。
魔王ソルテスはその一撃を、剣で受け止めた。
「行くぞ、ソルテスッ!」
「あっはっはっはっはっは! 来なよお兄ちゃんッ! 言っとくけど、私は強いよ!」
「そんなのはもう、関係ねえんだ! 俺はお前を止める、ただそれだけなんだよッ!」
ハヤトが叫んだ瞬間、彼の足下から大量の「グローボ」が浮かびあがった。
彼はその一つに足をかけ、瞬時に消え去って加速を始める。
ぎゅん、と「グローボ」が四方八方に展開される。
「リブレの『カルチャーレ・グローボ』。お兄ちゃん、正気? その技が私に通用すると思ってるの? バカみたい」
言いながらもソルテスは左手を外に向ける。
一瞬にしてドラゴン数十体が、その場に現れた。
が、やはり次の瞬間には全て細切れになっていた。
ソルテスは少しばかり、顔をこわばらせた。
「……速いね」
「おせえッ!」
高い金属音。
ハヤトはソルテスの背後を狙ったが、彼女はそれを読んで、自分の背中に「やいば」を向けていた。
刹那の間を置いて、衝撃波が起こる。
二人の耳の奥に、どんという腹に響く音がつっこまれる。
「今度は私の番!」
ソルテスが剣をなぐと、ハヤトの体が弾かれる。
着地点に合わせ、ソルテスは“魔力”を練った。
「『レッド・インパクト』!」
巨大な紅い“魔力”の玉がその手から発射される。
ハヤトは即座に判断する。
判断せざるを得ない。
“魔力”が、けた違いに高い。
これが直撃すれば、例え今の状態でも一撃で死ぬ。
ハヤトは背後に配していた「グローボ」を踏み、ソルテスの魔法を避ける。
だが、ソルテスは既にそちらに手を向けていた。
「『ロート・シュルテン』!」
紅いレーザーが照射される。
ハヤトは歯をぎりとかんで、空中を「空踏み」で切り返した。
その際に、体勢を崩した。
ソルテスはその隙を逃さない。
「『エリュトロン・エクディキス』ッ!」
三又に別れた“魔力”の玉が弾き出され、回転しながら収縮し、ハヤトの背に向かう。
ハヤトは思った。
“魔力”を練る暇すらない。
避けきれない――。
『まだだ!』
その時、頭の中に声が聞こえた。うんざりするほど聞き慣れた声だった。
『諦めんな、ハヤト! アタシの力を使えッ!』
「ミランダさん!?」
ハヤトがそう言った時には、ソルテスの魔法が彼に直撃し、爆発を起こした。
ソルテスはそれを見て大笑いした。
「あっはっはっはっはっは! お兄ちゃん、もう! 弱すぎるよ! まだ二百段階くらい強い魔法があったのにい!」
「そうか。じゃあ全部やってみろよ。受け止めてやるから」
返事が返ってきたので、さすがのソルテスも笑うのをやめた。
煙の中から現れたハヤトの体には、白銀色の鎧が装着されていた。
「……なによ、それ……」
「勇者の、鎧だよ。お前だってよく知ってるだろ。魔王には用意されてねえ、最強装備だ」
ソルテスは少々不機嫌になったようだった。




