その1
ハヤトは、魔王の城を見下ろした。
なんてことはない、ベルスタやザイドで見たものと同じような、ふつうの城だと感じた。
だが、ここに来るために、どれだけの人間を。
どれだけの事柄を、犠牲にしてきたのだろう。
それを思うと、とてもではないが正面から入る気にはなれなかった。
彼は怒りを込めて、「蒼きつるぎ」をその手に呼び出した。
「出てきやがれ……」
彼が城をにらみつけると、それに呼応するかのように蒼い「グローボ」が周囲を旋回する。
ハヤトは、腕に力を込めて「つるぎ」を巨大化させた。
思えば、最初に彼女を見た時も、こうしたような気がするとハヤトは思った。
当時は、ただ確かめるために必死だった。現状を理解することだけに、必死だった。
だが、今は違う。今の彼は、全てを知っている。
その上で、初めてドラゴンを斬った、あの時と同じことをするのである。
ハヤトは天を貫くほどに伸ばした「つるぎ」を振りかぶった。
「出て、きやがれッ!」
縦に、一撃。
魔王の城と下方の海面が、ケーキのようにすっぱりと割れた。
ハヤトはもう一度、今度は剣を左上に掲げて構えた。
「うおおおおッ!」
雲を断ち切りながら、剣を振るう。
空気を裂きながら、剣を振り下ろす。
何度も、振るう。
彼は狂ったように、城を斬り続けた。
「はあ、はあ……」
城が、がらがらと崩壊する。
空中に、強く輝く扉だけが残された。
彼はそこに降り立った。
黒い金属製の扉だった。
ハヤトはすぐに思い立った。
異世界同士をつなぐ「スポット」の扉だ。
全ての悲劇は、ここで始まったのだ。
彼は扉に手をかけた。
だが、扉はびくともしない。
思い切り力を込めて引いたが、動く気配すらしないのである。
どこかで覚えのある感覚だった。
確か自分はあの時、扉を開けられただろうか?
いや、開くことはできなかった。
そもそも、その扉を開けずにいたことが、彼の「冒険」の始まりだった。
奇妙な偶然の一致だが、いま取るべき行動は、その時と同じだった。
「おい、ソルテス。いるか」
返事はない。
「『入っていいか』だなんて、もう言わねえ」
ハヤトは「つるぎ」を扉に突き立てた。
「開けろッ!」
ぐいと「つるぎ」を捻ると、扉は音を立てて吹き飛んだ。
彼は「スポット」へとその足を踏み入れた。
異様なほど広い空間だった。
無数の青白い“魔力”の渦のようなものが、視界に入る。
いくつあるのか。大きさはどのくらいか。離れているのか、はたまた近いのか。
見ているだけではよくわからない。平衡感覚を失いそうな場所だった。
すぐ先には、一人の少女が佇んでいた。
「……お兄ちゃん……」
紅い“魔力”に包まれた魔王・ソルテスが、ハヤトを見つめていた。




