その8(終)
ハヤトは「グローボ」に乗りながら、魔王軍のナンバー2が消えていくのを見ていた。
地面がはがれ、再び海が見えてくる。
もはや死体の場所はわからないが、仲間たちもきっと、この地と共に海へと落ちてゆくのだろう。
ハヤトは彼女たちの顔を思い浮かべ、流れそうになる涙をぐっとこらえた。
この戦いはまだ、終わっていない。
敵はあとひとり、残っている。
「そうだ……マヤ、どこだ!?」
最後の仲間の名を呼ぶ。彼女のことだから「翼」の能力ですぐに戻って来てくれると思っていたが、その姿が見えない。
嫌な予感はすぐに的中した。彼女は地面と一緒に海へと落ちていたのである。
ハヤトは「グローボ」を蹴り、彼女を抱き留めた。
「マヤ! 大丈夫か――」
ハヤトは言い切ることができなかった。
マヤは既に、息も絶え絶えといった具合であった。彼女の“魔力”は既に、尽きようとしていた。それは死を意味する。
「どうしてだ! 確かにダメージは負っていたけど、さっきまでは……!」
そこで彼は、思い出した。
マヤは確かに、グランに一撃を加えた。
彼とすれ違いざまに、自分が攻撃するチャンスを作ってくれた。
その時、グランから攻撃を受けたのだ。彼女は、グランと刺し違えになってまで、ハヤトに攻撃の機会を託したのだ。
「ごめん……。にいさんの攻撃、よけきれなくて……」
「しゃべるな、マヤ! 今、回復してやるから!」
ハヤトはすぐに、マヤに教わった回復魔法をかけた。ザイドを旅していた頃、彼女自身に教わったものだ。当時は全くものにならず、旅の中で使うことはなかったのだが、「ゼロ」を覚醒させたハヤトのそれは、もはや彼女の教えたものより遙かに強力な魔法へと進化していた。
だが、それでも彼女の傷は癒えない。
「くそッ! なんでだよッ! どうして効かないんだ!」
「たぶん、ハヤト君は悪くない……。私の体がもう“魔力”に反応できるほどの力を残していないのよ……」
「待っててくれ! すぐに別の方法を……!」
「いいの」
マヤは、静かに言った。
「いいのよ、ハヤト君。こんな形になっちゃったけれど……。ここで、お別れね」
「そんな……!」
「私、たくさん足、引っ張っちゃったね」
「そんなことねえよ! さっきの戦いは、マヤなしじゃ勝てなかった! たとえ『ゼロ』が覚醒したって……俺一人じゃ……」
「その先は、聞きたくないな」
弱々しかったが、強い口調だった。
「ハヤト君、もう時間がないんでしょ……? だったら、急いで。世界を、救ってよ。君はそのために、ここに、きたんで、しょ」
マヤの口から、血が溢れる。
「マヤ!」
「私は、最初にビンスと戦った時、本当なら……本当なら死んだはずだった……。だから、だからさ……これで、いいのよ」
「でも……! 俺は君と約束したんだ! もう一回、勝負するって!」
「いい加減に、しなさい。これ以上、失望させないでよ」
マヤの体が光に包まれ、薄くなってゆく。
消えてゆく。
「ハヤト君……最後だから……言うわ。私は、君のことが好きだった。兄さんも好きだったけれど、多分、それ以上に。だから、兄さん……いいえ、グラン・グリーンを倒すことができたのよ」
「マヤ……! マヤッ!」
マヤは少しだけ体を起こし、ハヤトの唇にキスをした。
彼女は、柔らかにほほえんでいた。
「えへへ……やった。やってやったぞ。ミランダさんとルーちゃんには悪いけど……私の、勝ちね」
「マヤ!」
「頼むわよ、勇者様。世界を、救って」
そう言葉を残して、マヤ・グリーンは消滅した。
ハヤトは、目をつむった。
もはや、さっきまで腕に乗っていた心地の良い重みは、消え去っている。
彼は、その腕を抱き込むようにして、叫んだ。
「うわあああああああああーーーーッ!」
叫んだ。思い切り、叫んだ。
死んでいった仲間たちに。消えていったクラスメイトに、恩師に。
思いの限り、叫んだ。
彼の目尻に、涙が溜まった。
決戦前のマヤのように、泣きじゃくりそうだった。泣きたかった。
しかし彼は、それが流れる前に腕でぐいとぬぐった。
無駄には、できない。
これまでの戦いと、仲間たちの命。
その一切を無駄にしては、ならない。
ハヤトは大きく深呼吸をすると、「グローボ」へと乗った。
全てを終わらせるために。
彼女に、会いにゆくために。
【次回】
少年は、魔王に出会う。
次回、最終話「史上最大の兄妹喧嘩」
ご期待ください。




