その2
「んっ……んんっ……」
深夜。森の一角に作ったキャンプのたき火を見ながら、ハヤトはため息をついた。
「うっ、始まったか」
彼は今夜も眠れないでいた。原因はただひとつ。
「んっ……んぐっ……あぅぅ……はんっ……」
隣でもだえるような声を上げて眠るマヤである。
どうやら彼女の癖らしい。
そして寝相も悪い。彼女は眠っていると時折もぞもぞと動き出し、何かに掴まろうとする。
ハヤトは毎晩捕まらないように、遠目の場所に毛布を敷いているのだが、なぜかいつの間にかその場所まで転がってくるのである。
「あ……あぁん……」
色っぽい声とともに、背中にひしと抱きつかれてハヤトはびくりとした。彼女はがっちりと彼の体をホールドしていた。
「んっ……はぁっ……」
ちょっと苦しげな吐息が漏れる。ハヤトの顔はみるみるうちに赤くなり、完全に硬直してしまった。
年頃の女の子が、それも森野真矢にそっくりな彼女が、目の前で自分に抱きついている。しかも、背中に柔らかいものがふたつ、当たっている。ぷにぷにである。出会った時の感触を思い出す。
ハヤトはふと、このまま彼女を……と衝動にかられそうになったが、ぶんぶんと頭を振った。
こんなんじゃ、眠れるわけがない。
相変わらずもだえ続けるマヤに毛布を掴ませ、馬車の御者席に座ったハヤトは、彼女の顔をみた。
やはり、髪と目の色以外は森野真矢にうり二つである。性格や言動も似ている気がする。
仮に自分がマヤ・グリーンに学校で出会い、剣道で勝ったとしたら、あの真矢みたいになるのだろうか?
不思議な感覚であった。今となっては元の世界のことを思い出せるきっかけが、彼女の顔くらいしかない。
でも、どうしてこんなことが起こるのだろう。
ふと、マヤが寝返りをうった。
ハヤトは一度それをちらりと見たあと、空を見上げたが、ものすごいスピードで二度見した。
マヤの胸の部分が、もぞもぞと動いている。
女性の胸ってそんな機能がついていたのか!?
ハヤトはまだ知る由もない女体の神秘にあたふたしたが、その原因はすぐに判明した。
上着の下部分から、小さな袋が現れた。
袋はふわふわとぎこちなく浮かんで、マヤの顔を通って森の中へと消えていく。
「な、なんだ?」
ハヤトが思わず声を上げると、がさりという音とともに、袋が落ちた。
金属製の硬貨が散らばった。袋はマヤの財布のようだ。
しばらくの沈黙のあと、袋はまた、何事もなかったかのように浮かびだす。
「お、おいおい。どこ行くんだよ。この世界じゃ、財布が意志を持ってるのか?」
また、奥からがさりと音がした。ハヤトが見ると、そこには子どもの狼がいた。
沈黙。
しかし、袋が狼の方へ向かっていくのを見て、ようやくハヤトも気がついた。
「お前さ……もしかして、財布を盗もうとしてないか?」
狼はかなりあからさまに体をはねさせて狼狽したが、時すでに遅し。浮いてきた財布をぱくりとくわえると、背を向けて一目散に駆けだした。
「あっ、テメーやっぱり! 待ちやがれっ!」
ハヤトは狼を追いかけた。