その2
「ふう、今日もなんとか撒いたな」
校門を走って出た隼人は、学ランをはおりながら家路についた。
先ほどのようなやりとりは、今回で二十回目ほどである。いなすのも慣れたものであった。
「ほんとに、なんであんなに熱くなるかね」
隼人は歩きながら、真矢のことを考えた。
森野真矢、一年二組のクラスメイト。
人なつこくぱっちりとした目と長い黒髪、そして何より剣道家としての強さもあり、校内での人気はかなり高い。実際、隼人から見てもかわいいと思う。高校に入学して彼女とクラスが一緒になった時には、思わずガッツポーズしたものだった。
しかし、剣道部に入部し、彼女と模擬試合をした日から、状況は変わった。
その日、隼人は真矢をあっさりと倒してしまったのだ。
それからというもの、真矢は隼人に執着するようになった。彼女と隼人の段位は同じ初段だが、真矢は中学時代には全国区の選手だった。対して、隼人の通っていた中学校には部活がなく、試合に出ることはほとんどなかった。男女の力の差を考慮すれば隼人が勝つのは当然のことかもしれないが、真矢は無名剣士に負けたことが納得いかなかったようだ。
「森野のやつ、今ごろ大騒ぎしてるんだろうな。明日が大変だけど、想像するのは楽しいもんだ」
隼人は笑いながら帰宅した。
「隼人、おかえり。部活は休んだの?」
台所のほうから母親の声が飛んでくる。隼人は「うん、まあね」とだけ言って二階へと上がっていった。
自分の部屋に入る。見慣れすぎた景色、そしてなぜか安心するにおい。隼人は息をはきながらベッドに倒れ込んだ。
「なんで、そんなに熱くなるかね……」
隼人にはわからなかった。
折笠隼人は、剣道が好きではなかった。周りの人や両親に「お前は才能があるから、続けるべきだ」と言われているから続けているだけであって、もし誰からもなにも言われないのなら、今すぐやめてもいいと思っている。
だからこそ、森野真矢の熱意が理解できない。なぜそんなに熱くなるのだろう。勝ちたがるのだろう。そしてなぜそんなに……争うのが好きなのだろう。
隼人は息をついて、がばりと起きあがってゲーム機の電源を入れた。隼人にとって、ゲームの時間は至福のひとときだ。
現在進めているのは、異世界にとばされた主人公が、ヒロインらと世界を救うための冒険に出る……いわゆる王道RPGである。
ボタンを押すと、画面の前に壮大な緑の平原が広がった。
「やっぱり、グラすげーな。現実みてえだ」
隼人がしばらくゲームを進めていると、ドアがノックされた。
「お兄ちゃん、『ベスドラ』進んだ?」
妹の唯が入ってきてベッドに座った。隼人は舌打ちした。
「唯、勝手に入ってくるなよな」
「ノックしたじゃん。ねえ、どこまで行った?」
「今『ミレニア街道』。敵が堅いんだよなあ」
「ミレニアに行く前にロザータのカジノで武器を揃えないとキツいよ」
妹の折笠唯は中学生ながらゲーマーである。現在隼人が進めている「ベスドラ」こと「ベスト・オブ・ドラゴン」も、唯が半年前に購入してやりつくした、言わば「おさがり」だ。隼人は元々ゲームはほとんどやらない人間だったが、唯の手ほどきによってゲーマー化された。
「ロザータまで戻るのかよ。30分はかかるぜ、めんどくせえ」
「でもそうしないと逆に効率悪いよ」
「うるせえなあ、効率なんてどうでもいいんだよ、俺は冒険を楽しんでるんだから」
「……へえ」
唯はそれを聞いて、静かに笑った。隼人には少し、それが不気味に見えた。
「……なんだよ? 冒険を楽しむのが悪いのかよ?」
唯はくすくすと笑いながら手で口元を抑えた。
「いや、ごめんねお兄ちゃん。これが『冒険』っていうのがさ、ちょっとおかしくて」
「……なんだよ、これが冒険じゃねーっての?」
唯はしばし黙っていたが、唐突に普段の調子に戻った。
「なーんてね! ちょっとからかってみただけ。『冒険』だよね、それだって立派に。ま、がんばって~」
唯はポニーテールをゆらしながら部屋を出て行った。隼人は首をひねった。