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イモータル・マインド  作者: んきゅ
第21話「信じるもののために」
198/212

その6

 ハヤトはここに来て、「ゼロ」を覚醒させて初めて、苦境に陥っていた。


 二人の戦いが始まってからというもの、グランは腕を組んで立っているだけである。

 しかし、ハヤトは片膝をついていた。それだけのダメージを負っていたのである。


「どうしたよ、勇者さま。そんなもんじゃないだろう?」


 グランが嘲笑する。目を血走らせて、力強くにやける。おどけている風ではあるが、その笑みには明らかな怒りが込められていた。

 ハヤトは大声を出して剣を振り上げようと試みたが、その瞬間、動かした腕の周辺が爆発を起こす。

 衝撃で体がよろめくと、その背にさらに大きな爆発が起きた。


「うああああッ!」


 ハヤトはその場に倒れ込んだ。

 彼もまた、まだ一歩も動いていなかった。


 マヤはそれを、ただ見ている。

 目の前で散った仲間たち。あまりにも残忍な兄。動くことすらできずに攻撃を受ける、勇者。それらを瞳に写し込んでいるのみであった。


「くそっ……こんな魔法、破壊してやる……」


 なんとか立ち上がったハヤトは、「グローボ」二十数個を、剣へと変えた。グランは表情を変えない。


「今度はレジーナの技か。もう少し工夫して欲しいものだ」

「うるせええッ!」


 ハヤトが剣をグランへと向けて飛ばす。

 しかし、その全てが彼へと届くまでに燃え尽きた。

 グランは、やはり腕を組んで彼を見ている。


「届かねえよ、そんなもん」


 ハヤトは焦った。

 なぜ、やつの魔法が破壊できないのかわからない。

 と、言うよりも。やつが一体何をしているのか、理解できない。

 以前、塔での戦いでミランダが言っていた。「攻撃の全容が全く掴めない」と。


 仮に、機雷のような魔法を縦横無尽に敷いているのだとすれば、「つるぎ」や「グローボ」をぶつけて破壊することができるはずだ。

 だが、「グローボ」は自分の周囲をふわふわと飛んでいる。飛んでいるのだ。何にもぶつかることなく。

 この上ない時間稼ぎと言えた。きっと「つるぎ」の一撃が加えられればグランは倒せる。しかし、彼には近づくことができないのだ。

 ハヤトはようやく、仲間の名を呼んだ。


「マヤ……! 動けるか」


 マヤは二回ほど声をかけられて、ようやく意識を現実に戻すことができた。ショックから立ち直るには、まだ時間が必要そうであった。

 彼女は、一歩前進することができた。ハヤトとは違っていた。だが、その瞬間にグランが叫んだ。


「動くな!」


 足が止まる。グランの視線は、ハヤトに向けられたままだ。


「動くんじゃねえ。もしそれ以上動けば、お前を殺さなくちゃならない。マヤ。俺はそれだけはしたくないと思っている」


 狡猾な言い方だった。

 グランは、正確に言えばマヤの兄ではない。だが、彼は察していた。異世界の見知らぬ妹は、兄を溺愛していた。きっと、この戦いに臨むまでも、旅の中でも、異世界の自分を心の拠り所としていた。例えこの戦いが世界の命運をかけたものであっても、彼女は止まると、そう予想していたのである。


 事実、マヤは止まった。

 ほとんどパニック状態の中で、ずっと探していた兄を目の前にして。ほんの少しばかり、優しい言葉をかけられて。ほとんど反射的に止まってしまった。


「にい……さん」

「マヤ! そいつは君のにいさんなんかじゃないんだっ!」


 グランは、マヤを見て言った。


「違うな。俺はグラン・グリーン。マヤの兄だ。マヤ、お前ならわかってくれるよな? だからそのままでいてくれ、頼む」


 マヤの心は、その言葉だけで大きく揺れてしまった。

 マヤ・グリーンにとってグラン・グリーンは、そのくらい大きな存在だった。

 彼女の瞳から涙がこぼれた。


「よし、マヤ。それでいいんだ。それだけで俺は救われるし、本当に嬉しいよ」

「くっ!」


 その時、ハヤトが駆けだした。爆発が起きるかと思ったが、彼は二、三歩前進することができた。グランは弾かれるようにして、再び彼のほうを見る。爆風とともにハヤトは地面へと打ち付けられた。


「ちっ、やっぱり『ゼロ』の前で油断は許されねえな」


 グランは舌打ちした。

 自分の右腕が、なくなっていたのである。さっきのコンマ数秒の間に、ハヤトが放った攻撃によるものであった。

 グランは腕がちぎれた部分を見ると、すぐにそれを復元させた。


「見る……ことか。お前の能力は、見ることで発動するんだな」


 ハヤトが、なんとか立ち上がりながら言う。

 グランは答えない。


「ハヤト。お前はこのままここで終わりだ」

「終わるもんか……! 俺はソルテスを止める」

「ほう。実の妹を、殺すのか。もっとも、知っての通りソルテスはお前に近づくため、あの世界へと潜入していた赤の他人だったわけだ。そりゃ、容赦なく殺せるだろうな」

「違うッ!」


 ハヤトは、声を荒げた。


「ソルテスは……赤の他人なんかじゃない。実際は一体どのくらい、あいつが『ユイ』として俺と一緒にいたのかは、俺にはよくわからねえ。だけど! あいつは確かに、俺の妹だったんだ。そして俺は……俺はあいつの兄貴だから! だから止めるんだよッ! 何やってんだって、怒ってやらなきゃならねえんだよッ!」


 マヤが、それを聞いてはっとする。

 ハヤトは、のし、と一歩踏み出した。


 爆発が起きる。彼の体は再び、地へとたたきつけられた。しかし、ハヤトはまた、立ち上がった。


「諦めねえ。ソルテスにそれを言うまで、俺は! 俺は諦めねえッ!」

「それを聞いて尚更、お前をここから動かす訳にはいかなくなった。全力をもって、ここでお前を足止めする。それが俺の役目だ」

「に……にいさん」


 その時、マヤが言った。涙声ですらなく、もはやそれは嗚咽に混じったしゃがれ声であった。

 グランは、彼女を見ずに言う。


「なんだ」

「兄さんは、確かに、兄さんよね」

「……何が言いたい」


 マヤは、「紫電」を抜いた。


「ごめん、ハヤト君……あなたの言うとおり……だわ。兄さんたちは、間違っている。だから例えあなたが兄さんでも、そうでなくとも。それは関係ないことだった。私はあなたを止めなきゃ……」


 マヤは言葉を止めた。涙が止まらない。声が出ない。

 それでも彼女は言い切った。


「私が、あなたを止めなきゃ……ならない……!」


 マヤの背中から火花が散り“魔力”の翼が生える。

 グランはぞっとするような視線を彼女に投げかけた。


「泣いたり叫んだり、忙しい女だな。こんな奴が妹だと思うと、寒気がする。……止めるというなら、やってみせろ」

「はあああッ!」


 マヤの青い瞳が輝く。彼女は地を蹴ってグランに飛びかかった。

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