その5
「ビンスとミハイルが負けたようだ。やはり奴ら、全員が『セカンドブレイク』していると見ていいな。……考え得る最悪の展開と言っていい」
「スポット」と呼ばれる空間の中で、グランがつぶやくように言った。
隣ではソルテスが、紅い大剣を右手に握っている。左手には、同色の“魔力”がちりちりと輝きを放ちながら収縮していた。
「そう……。これでもう、みんなで帰れなくなっちゃったね」
「ああ。全てあの塔での魔王介入を完全に読み切れなかった俺の責任だ。言い訳したくないが、可能性を信じきれなかった。魔王が生きながらえているというのは、俺たちがやってきたことの否定になってしまうからな……みんなには、すまないことをした……」
ソルテスが、笑顔を作る。
「そんなこと、ないよ。それに、こうなった以上しょうがないじゃない。例え二人だって、帰ろうよ。あと六時間。それで終わりだよ」
「六時間か……。思っていたよりも追いつめられたな。だが、みんなよくやってくれた。俺たちの勝ちは、揺るがない。残り六時間……俺一人で十分だ」
ソルテスはにっこりと笑って、頷く。
グランも、それにつられるようにして、ほほえむ。
「『魔王軍』になって、初めてそんな風に笑ったね、グランお兄ちゃん」
「そうだったか? ……あとは任せろ、ソルテス。俺が全員、倒してみせるから」
グランの体が消えた。
「なッ……!」
全員が絶句する。
アンバー、シェリル。
二人が一瞬で、死んだ。
だが、その事実にかまけている暇はない。ミランダが叫ぶ。
「グランだッ! 全員注意――」
ミランダはその時、背後に気配を感じた。
ラッキーだと思った。
グラン・グリーンが、自分を狙いに来た。ビンスも、さっきの大男も、もはや捨て駒だったのだ。この瞬間……一瞬の弛緩を、グランは狙っていた。
ハヤトを狙わなかったことが不可解だが、そんなことはどうでもいいと、彼女は思った。
ロバートの仇が取れる。彼女はそればかり考えていた。
もちろん「鎧」のことが知られている以上、こちらも無事では済まないだろう。
だが、刺し違える。そのつもりなら、できるはずだ。
例えその結果、魔法で粉々にされるのだとしても。相手が接近さえしてくれれば、間違いなく。
ミランダにはその自信があった。
肩に、相手の手がつく。
全神経を集中させ、ミランダはその腕を取った。
「うおおおッ!」
彼女はそれをぐいと引き寄せながら、自分の槍を背後へと突く。
しかし、手応えがない。
「なッ!?」
背後には、誰もいなかった。
だが、自分は確かに、その手を掴んでいる。今まさに、掴んでいるのである。
「お前はやはり、勘がいい。この段階で殺しておけてよかった」
グランの声だけが聞こえると共に、彼女の四肢、そして首が勢いよくはち切れた。
誰もいないその場所に、必死の形相でコリンが走り込んでいた。
「グラスプライン」で作った布が周囲を覆う。
「あああああああッ!」
コリンの叫びと共に、「グラスプライン」が一気に収縮。身長百八十センチほどの人を象った。
「やっぱり、見えない魔法か何かでッ!」
「なるほど、そういう使い方もあるか」
布から、人型が消える。瞬間、コリンの体が爆発するかのように、炎上を始める。
「い……いやあああああッ!」
マヤが空中で悲痛な声を上げる。
ハヤトは「蒼きつるぎ」の刀身を大きく伸ばしていた。
「グラァァーーーンッ!」
周囲数キロを、力任せに、めちゃくちゃに切り刻むハヤト。
地面が一瞬にして掘り起こされた。しかし、グランはそれでも出てこない。
「どこだ、どこにいやがるッ!?」
「ハヤト、マヤ! 落ち着いて! 今できることをするのッ!」
ルーが「瞳」の能力を発現させる。
だが、写り込まない。未来が見えないのである。
「見えない……もっと、もっと! もっと“魔力”をッ!」
彼女の願いと共に、その体が成長する。
成人女性並みになったルーの瞳が蒼く輝き、文様が時計板へと変わった。
「見えたッ!」
ルーはその場で、勢いよくしゃがみ込む。同時に彼女の長髪が半分ほど吹き飛んだ。
「この男は、その場にいることを誰も知覚できないッ! それが能力だ! ハヤト、この能力の法則を破壊してッ!」
「くっ! そういうことかよッ!」
ハヤトが地面に「つるぎ」を突き立てる。
「よお、勇者。気付くのがだいぶ遅かったな」
既に死亡したルーの体を燃やしながら、グラン・グリーンが目の前に立っていた。
ハヤトはすぐさま彼に向かって「グローボ」を飛ばしたが、グランはにべもなくそれを弾き返した。
「リブレの技か……。それも覚醒した『ゼロ』の力ということらしいな。それで、感想はどうだ。この状況を見て」
惨状だった。
一瞬の隙に、五人。
五人の大切な仲間を、失った。
「全員が無事に済むとでも、思っていたか? 確かにお前の覚醒した『ゼロ』は強いのかもしれない。だが、他はようやくイーブンといったところだった。お前たちが俺の仲間をあっさりと倒したように、俺たちも。立場や状況が違えば同じようにできたってわけだよ」
無事に済むだなんて、ハヤトは思っていなかった。
それでも、こんなにも簡単に、こんなにも残酷に、仲間が殺されるだなんて予想していなかった。
今際の際に言葉を残す訳でもなく、何かを託す訳でもなく。彼女たちはただ、瞬時に惨殺された。
ハヤトは考えるのをやめ、「グローボ」に乗った。
「もう絶対に許さねえぞッ……!」
「同じ言葉を返すぞ、勇者ハヤト。命で償えッ!」
マヤはただ、それを見ていることしかできない。




