その4
「へ……は……?」
ビンスは、状況を飲み込めなかった。
彼の「パーフェクトドール」は、多人数の自分自身を創る力である。だから彼は、自分の頭が吹き飛ばされるのを、いろいろな角度から見ていたことになる。
そしてその瞬間にも、自分が、次々と蒼い閃光に襲われるのを、見た。体験しながら。殺されながら。
「お前が攻撃方法を変えてくれてよかった。これで、先に進める可能性ができた。六時間、待ったかいがあったよ」
ハヤトは「カルチャーレ・グローボ」に乗って加速しながら、ビンスを突く。斬る。はね飛ばす。次々に、殺し続ける。
殺されながら、ビンスはだんだんと理解する。
「全部……ブラフだったってわけかい」
「悪いな、こっちもおおよそ勇者らしくねえ、そして決戦らしくねえ戦法だったと思う。でも、おあいこだろ?」
言いつつも、彼は数十人いるビンスに動く隙を与えず、一秒足らずで殺しきった。
「ねえハヤト。そこまでは百歩譲って、いいとしよう。でもさ、そういうのって、一切無駄だって、前に言わなかったっけ?」
ビンスが次々と現れる。空から降ってくる。地面から這い出る。光の中から生まれる。
「僕はもう、人間じゃないんだ。人形なんだよ。だから殺しても死なないし、苦痛さえない」
そう言うまでに、ビンスは四十回ほど死んだ。
だがハヤトは続ける。
「知ってるさ。でも俺はお前を殺し続ける。絶対に諦めない」
「そりゃまた、かっこいいな。かっこいいけど、この状況だと最高にバカな台詞だな」
ビンスは殺されながらも、「リミットレス・サーベル」を空中に構築する。
「でも、これを撃ったらさあ、他の仲間、やばくない? どう考えても死ぬだろ?」
「かもな。でも、やらせやしねえよ!」
「ミハイル、合わせろッ! たたきつけるだけでいいっ! 後は僕が動かす!」
剣の束を持つ巨人が動く。空は既に、剣で埋め尽くされている。たった一人の技によって、夜がやってくる。
「『リミットレス・サーベル』ッ!」
発動の瞬間のことであった。
芝が、一斉に蒼く染まった。
相対するように、蒼い剣が地面に立っていたのである。
剣は次々と地を離れてゆく。
空中で、剣と剣が次々にぶつかり合う。ミハイルの剣も、動きを止める。鋼と鋼の激突音だけで、怒号のような音の波が起こった。
ビンスは舌打ちする。
「『ゼロ』……! リブレの時の『球』と同じように、僕の技も取り込んだのか? 本当に面白いな。早くじっくりと研究したいね」
「悪いが、それはねえ」
ハヤトに殺され続けるビンスの一人に、淡い蒼色の矢が突き刺さった。
ビンスは驚愕の声を上げた。
「なっ……これは!?」
「見りゃ、わかんだろ」
言ったのはミランダであった。
瞳が、ハヤトと同じように蒼く輝いていた。
彼女が広げた両手には、同色の“魔力”が輝きを放っている。
「アタシの『セカンドブレイク』って奴だろ。いや、この場合はあいつ……ロバートの、かな」
「まさか……君ごときが、『セカンドブレイク』したって言うのか……?」
「テメーはいつでも、上から目線だよな。今更だけどよ、アタシは魔法っての、大嫌いなんだ。だからこんなのを使うのは、これが最初で最後だろうな。ああもう、どのお前に話しかけりゃいいのか、よくわからねえ。めんどくせえから、もう、いいだろ。ビンス、もうあんたは死なないそうだから、あえてこう言わせてもらうよ。『そのまま生き続けろ』」
ミランダが矢を放つ。
矢はビンスに当たり、そのまま突き抜けてビンスを貫き、ビンスを捉え、ビンスを戦闘不能にし、ビンスを動かなくし、ビンスを殺し。
全てのビンスを、矢が貫いた。貫き続けた。
「そんなことしたって、僕は、増え続けるんだけどなあ!」
「それなら増えた分だけ、ぶっ殺し続ける。だからお前は、そのまま永遠に生きなよ。死にながら、生き続けろよ」
「あああああああッ! ミランダッ! ミランダァァァァッ! 君って奴は本当に本当に本当に、最高すぎるよッ! ミハイル、どうした! はやくしろ! はやく……」
ビンスたちは叫び声を上げながら、分裂した矢に次々に貫かれ、空中へと飛ばされていった。
巨人となったミハイルは、動きを止めたままだった。
彼の体の表面が、ちらちらと光を反射していた。
肩の辺りに、二人の女性が立っていた。
「『氷遁・銀鏡世界』……。伝説としてしか伝わっていなかった最高の氷遁忍術を、まさかたった二人で発動できるなんて……」
シェリルが、驚いた様子で自分の手を見ていた。
アンバーは彼女の肩を叩いた。
「シェリル。私の力は半分以上枯れきっている。つまり、ほとんどがお前の力によるものだ。お前の『ブレイク』能力は忍術の才能だったらしいな。やはりお前は、シェリル・クレインだ」
「て、てめえら……どうしてそんな……突然……強く……」
ミハイルが言い終わる前に、彼の体にヒビが入る。
アンバーは、空に打ち上げられていくビンスを眺めながら言った。
「『セカンドブレイク』。おそらくお前たちと同質の力だ。私たちもすでに、人間ではない。全員がその決意をしたのだ。お前たちは自分たちの計画とハヤトの『ゼロ』に執心するあまり、彼の仲間たちがもつ可能性について一切考えなかった。それが、敗因だ」
「ふざ……けんな。俺にはヴィクトールが……待ってんだよ……! てめーら……なんかに!」
「お前はいい奴だった。だからあえて言おう。……悪いな」
「『ヴォルテクス・ブレード』!」
電撃の翼を生やしたマヤの一撃が、巨人を一刀両断にする。
「『グラスプライン・スリット』」
彼女の作った「ウォール」に乗っていたコリンが、“魔力”の糸を大きく展開させて刃とし、その体を無数に切り刻んだ。
「『デス・ブリーズ』」
ルーの言霊と共に穏やかな風が吹き、巨人を塵として飛散させた。
ビンスは依然殺され続けながら、それを見た。
敗北。それも完全敗北を。
「違う! こんな馬鹿げた話! 僕は信じない! まだまだこれからなんだ! 続くんだよベス! 僕は死んだりしないんだ、ベスッ! だから続くんだッ! 僕は負けたわけじゃないし、決してハヤトたちが僕らより優れていたわけじゃない! ほんのちょっと狙いが狂っただけなんだ! まだやり直せるんだよ、ベス! これから『ゼロ』を手に入れて、グランを倒して、研究に尽くして! 世界を手に……」
ビンスは、殺され続けながら、言い訳を続けながら、やはり、殺され続ける。蒼き矢に射抜かれながら、殺され続ける。
「ベス」はすでに、原型を留めていなかった。
「一生、言ってろよ」
ミランダが吐き捨てるように言った。
圧倒的な勝利だった。
これまでは一矢報いる程度がやっとだった魔王軍との戦いに、こうもあっさりと勝利してしまったことは、勇者一行にとってよくない感情を植え付けた。
この勝負、このまま押し切れるかもしれない。
勝てるかもしれない。
四人を倒し、全員がそう思った。
思ってしまった。
決して油断の許されない、世界をかけた最後の戦いの中で、彼らは極度の緊張状態にありながらも、少しばかり弛緩した。
だが、彼らは思い知る。
これはもう、人間同士の戦いでないことを、思い知る。
「がっ……!」
一瞬のことだった。最初に気づいたのは、突き飛ばされたシェリルであった。
アンバー・メイリッジの胸を、背後のグラン・グリーンの腕が貫いていた。
「あねさ――!」
言葉が終わる前に、続けてシェリル・クレインの首がはね飛ばされた。




