その2
ビンスの言う通り、それは戦いとは形容しがたい状況であった。
ハヤトたちの視界を、鉛色の岩が覆い尽くしている。
四方八方から飛んでくるそれは、シェリルの張った障壁と激突して、もろくも崩れてゆく。残骸が散らばって芝を埋め尽くしてゆく。
本当に、それだけであった。知略もくそもない、ただし反撃すらも許さない、全方位からの圧倒的物量攻撃。それが魔王軍の取った戦略であった。
「卑怯だぞ、コラ! ちゃんと戦いやがれ!」
ミランダが叫ぶ。
ビンスは時折、背後から飛んでくる岩をもろに食らって体を飛散させながらも、笑っている。
「正々堂々と能力をぶつけ合って決着を、ってかい? 確かにその方が盛り上がるだろうね。でも、やるわけないだろ? 僕らは君たちを足止めすることだけに全精力を傾ける。だってこっちは時間切れが、イコール勝ちなんだぜ? タイムオーバーを狙うのが当然だろ」
「くっそ、本当にムカつく野郎だぜ! ハヤト、『つるぎ』でなんとかしてれくれよ!」
だがハヤトは、「蒼きつるぎ」を出していない。
髪の色が変わったのと同時に、雰囲気が少々大人びたようにミランダの目には映った。
「乗せられるな、ミランダさん。あいつは確実に隙を狙ってくるよ。ビンスがこのまま見ているだけだと思うかい? だから油断しないでくれ。この攻撃はむしろ、それだけ魔王軍が俺たちの力を恐れているという証明だ」
ビンスは確かに「ミランダは僕が殺す」と言った。ハヤトはこの言葉に関してだけは信じていた。
ビンスはにこりとして、また体を岩に吹き飛ばされ、飛散した。だが、そのすぐ上方に、やはり彼がいた。
「いい読みだね。でもこのまま君たちが動かないというのなら、それでゲームセットだ。君たちの世界は消え去り、全てが終わる。僕はそれを見ているだけでも割と楽しい。このままつまらない雑談をしながら最後の戦いを終わらせるというのなら、僕はそれでも構わない」
嘘だと、ハヤトは思った。
この言葉はむしろ、ビンスが自分たちを動かそうと言っているのではないかとすら、彼は思った。
ハヤトは小さく言った。
「全員、このままでいてくれ」
しばらく、防戦が続いた。
そのまま二時間ほど経ったところで、ビンスは大笑いを始めた。
「ねえ、ねえ。ねえねえ! 本当に動かないつもりなのかい。世界の危機を救うためにここまで来たんだろ? そのまま終わるつもりなの!? それってあんまりじゃないか? 最後の戦いにしちゃあ、あんまりなんじゃないのかい!」
返答は返ってこない。勇者一行は円陣を組むようにして向かい合って、何かを話している。
ビンスがぴくりと動こうとしたが、グランの言葉が脳裏をよぎった。
「勇者ハヤトが『あちら側』から戻って来られたと言うのなら、それはつまり、あの男が俺たちの予測を遙かに上回るほど強くなったということになる。もちろん旧・魔王の支援あっての事なのだろうが、油断するな。もはや格上だ。確実に時間切れを狙え。奴らが深読みして一秒でも稼ぐことができれば、お前の働きはハヤトを育成したこと以上の功績となる」
気に入らない戦略だった。
本当は、ハヤトを、ミランダを。勇者一行を皆殺しにしてやりたいと、ビンスは思っていた。
だが、彼はそれを態度には出さない。
彼の一番の目的は「ゼロ」を手に入れることにある。魔王との交渉があっさりと決裂した今、世界を破壊し、元の世界に戻った後にいかにしてソルテスの「ゼロ」を奪うか、そして自分より強い「ブレイク」能力者、つまりは魔王軍、もっと言ってしまえばグラン・グリーンをどう倒すかの方がはるかに重要であった。
だからこそ、彼はこの「時間稼ぎ」という、因縁の敵対勢力との決戦に全くもってふさわしくない戦略を享受している。
しかし、「人間性」を破壊され、欲望を全て解放した彼は考える。
気に入らない。
悔しいことだが、グランの言っていることは事実である。
この時間稼ぎこそが、一番の勝ち筋でる。
だが、その判断力を鈍らせたくなるほど、彼はそれが気に入らなかった。
そのまま三時間が経った。動きはない。
「……本当に思い通りにいかないよな、人生って。だから抗うんだろうけれど、さ」
四時間が経ち、彼が似合わない言葉を吐いたところで、ハヤトたちが動く訳でもなかった。
それが気に入らなかった。
侮辱だと感じた。
そして今の彼には、そういった類の行為が許容できるほどの器の大きさもなかった。
五時間、六時間と経ったところで、ビンスが動いた。




