その8(終)
レジーナの残したドラゴンやグリフォンたちをあらかた一掃したハヤトは、いったん飛空挺のデッキへと戻った。
ルーが笑顔で出迎えた。
「さすがハヤトなの! しゅんさつなの」
「ああ。この間までと比べて力が上がりすぎてて、自分でもびっくりしちまうな。ルーも運転、ありがとな。こいつが墜ちちまったら元も子もない」
「このくらいお安いご用なの! 愛の共同作業なの!」
「いや……どう見ても共同作業ではないよな」
「それでも愛が残ってるの!」
「愛が生まれるような作業じゃないだろ」
「じゃあこの際、愛なんてどうでもいいの!」
「もっと自分を大切にしろ!」
言っている間に、マヤたちが遅れて到着した。
まず大笑いしたのはミランダ。だが微妙に涙目である。
「ハヤト! ハヤトだよ! やっぱり、やっぱり生きてた! アタシのハヤトが生きてたーっ!」
コリンも笑顔だったが、ハヤトに顔を見られると、すぐにぷいとそっぽを向いた。
「あなたが帰って来なかったせいで、本当に大変だった」
続いて、頬を腫らすシェリルが声をかけようとしたところで、マヤがその場を飛び出し、彼に抱きついた。
「マヤ……」
「馬鹿っ……勝手にいなくなったりして! ずっと、ずっと待ってたんだから……」
彼女はぽろぽろと涙を流した。
ハヤトは肩にそれを受けながら、抱き返してやった。
「……ごめん、説明すると長くなるんだ」
「もういなくならないって、約束して」
「……約束なら、もうしたさ」
「え……?」
ミランダがそこに割って入ろうとしたが、二人を引き離したのはアンバーだった。
「二人とも、それは終わってからにしろ。今は時間がない。隼人、世界が崩壊するまで、あとどのくらいなんだ」
時間がない、と言われてハヤトは、妹だった少女の言葉を思い出した。
「十二時間……。ソルテスは、そう言ってました」
「たった、それだけか……」
「世界が、崩壊……? どういうことだよ、ハヤト……?」
ハヤトは、困惑するミランダやマヤたちを見て“魔力”を練った。
「みんな……最後の戦いを始める前に、見てほしいものがある。魔王軍がどうしてこんなばかげたことをおっぱじめて、そして、これから何をしようとしているのか。それを知ってほしい。……マヤとコリン、シェリルさんには、少しつらい内容になるかもしれない。もし事実を知って、戦意をなくしたのなら、ついて来なくたっていい。でも、俺たちはこの戦いの意味を知る必要がある。その上で立ち向かわなきゃ、あいつらを止めることはできないだろうから」
コリンは自嘲気味にほほえんだ。
「なんとなく、わかってきてはいるよ。大丈夫」
シェリルも、頷いた。
「あね様はここにいますから。大丈夫です」
アンバーが少しばかり目を伏せた。
不安な表情を見せたのはマヤであった。
「どういう意味……?」
ハヤトは少しばかり躊躇したが、言った。
「君の兄さん……グラン・グリーンのことを俺は知った。君は事実を知らなくちゃならないと、俺は思っている。受け入れるかどうかは、君次第だ。できないのなら、それでいい。でも知るべきだ」
「そんな突き放した言い方、しないで。むしろそれがわかるのなら、私はなんだってする」
二人は小さく笑みを交わした。
「『蒼きつるぎ』よ、俺とみんなの精神法則を破壊。俺の頭に残っているあの映像を、皆に見せてくれ」
周囲が蒼く輝いた。
そして、一行は知った。
勇者ソルテスと、仲間たちの物語を。
あの悲劇を。
その最期を。
そして、もう一人の勇者にして魔王、ソルテスの誕生を。
記憶の共有はたった一瞬の出来事だったが、まるで数時間が経ったかのように、全員の表情が変わっていた。
「そん……な……」
シェリルが震えた声で言った。
アンバーは、彼女の肩に手を置く。
「立ち止まるな、シェリル。確かに私はお前の知るアンバー・メイリッジではなかった。だが、お前にアドバイスすることはできる。彼女のためにも、動け」
コリンも同様だった。
「やっぱり、な。おかしいと思ってた。あの人たちが、あんなことをするはず、ないもん」
「コリン」
ミランダがその頭に、肘をつける。
「あんた、そんな弱い女じゃないよな。むしろ、よりぶっとばさなきゃならねえ理由ができたよな。あの、馬鹿どもを」
「……うん」
「やろうぜ。やってやろうぜ。なあマヤ」
マヤは既に、ぼろぼろに泣いていた。
残酷でしかない事実を知って、泣いていた。
兄の最期を知って、泣いていた。
今にも嗚咽が、漏れそうだった。
その場でみっともなく、泣きじゃくりそうだった。
「う……ぐぐ……!」
しかし彼女は、歯を食いしばって、腕で涙をぐいと払い、両手を頬に打ち付けた。
それでも、涙は止まらない。
当然のことであった。
「にい……さん……」
「マヤ」
「いいの、大丈夫」
彼女はハヤトの手をとらなかった。
そして、ぼろぼろに泣きながら、嗚咽だけは漏らすまいと必死に、言った。
「私は弱いから……どうしても、こうなっちゃうけれど……。でも、このままでも、進む、から。泣きながらでも、戦うから。だから、置いていかないで。私だって……君の、仲間なんだよ……」
無理して、笑みを作るマヤ。
ハヤトは彼女に、何も言えなかった。
言うべきでないと感じた。
ハヤトは「蒼きつるぎ」を再び呼び出した。
「距離法則を破壊。ラングウィッツにあるという、封印の宝玉をここに」
彼の隣に、最後の封印の宝玉が浮かんだ。
「これを壊せば、魔王の城に入れる。この飛空挺も、元は魔王の城の一部らしい。だから勝手に、そこまで戻るだろう。きっとひどい戦いになる。これまでで一番ひどい戦いに」
「だから、なんだってんだよ!」
ミランダが胸元から、何かを取り出した。
折れた矢だった。
ロバート・ストーンの遺品であった。
「アタシたちは、コイツの死を……無駄にしちゃいけねえんだ。アタシは、行くからな。あいつらを全力で止める! 世界がどうだとか、難しい話は関係ねえ!」
「ミランダさんは、いつもそうだよな」
にやりと笑った彼女に、輝く亀裂が入った。
ルーはそれを見て息をついた。
「さすがはミランダなの。ハヤトのお嫁さん第三候補」
「おいルー。アタシが三番だってのか。まさか自分が一番だとは思っちゃいないよな?」
「絶対にわたしが一番なの」
三角耳が、ぴこぴこと動く。それが合図だったかのように、光が漏れる。
コリンは、小さく笑った。
「まったく、このパーティは自分勝手な奴ばっかりで、飽きない。だよね、シェリル」
桃色の髪を裂くように、光の筋が浮かぶ。
シェリルは、空を見上げた。
「ええ。……あね様。あね様は、あね様です。だから今は、そう呼ばせて下さい。あなたは私の、あね様です」
目尻から出たのは、涙ではなく、希望の灯りであった。
アンバーは、目を閉じる。
「異世界の姉に、異世界の教師か。だが今は、悪くない。そう思う。心のつかえが、取れたようだ」
彼女の胸に、弾けるような、新たな鼓動のような、煌めきが生まれた。
マヤは、まだ泣いている。
「ハヤト君。私、何があっても最後まで、行くからね。兄さん……グラン・グリーンを止めるまで。私は行くからね」
おそらく無理をして作ったであろう笑顔。
彼女の体は、その心と同じように、傷が無数についている。
だがそれは、暖かな陽光を伴っていた。
ハヤトは、それを確認してから、前を見据えた。
魔王の城。敵の本拠地。
自分が、叩き壊さなければならない場所。
彼は、剣を振り上げた。
「行こう。魔王の城に。最後の戦いに。こんな悲しい話はもう、おしまいにしよう」
「つるぎ」が宝玉を割ると、勇者の髪は、蒼く染まった。
【次回予告】
運命を巡る戦いが始まる。
紅き少女は絶望を望み、蒼き少年は希望を願う。
彼らは戦う。互いが信じるもののために。
次回「信じるもののために」
ご期待ください。




