その6
「アンバー……」
小舟に乗るレジーナは、その視線に捉えた。
アンバー・メイリッジ。
かつての仲間、裏切り者を。
「あね様、どうして」
抱かれながら、シェリルは言った。
あの時、ザイド・オータムで。秋の里で。
確かにこの人は、自分のことはもう忘れよと、そう言ったはずだ。
アンバーは彼女の目を見て、言葉を返した。
「状況が、少しばかり変わった。私はハヤトの助けにならなければならない。これもそのひとつだ」
シェリルにはなんだか、彼女の雰囲気が少々柔らかくなったように感じられた。
「シェリル。命は投げ出すものではない。お前はあの戦いを生き残ったのだ。最後まで戦え。……もっとも、矛盾しているようだが、今のお前の行動を咎める気にはならんがね……勇気ある行動だった。それでこそ、秋の忍だ」
「あね様……!」
天国にいるかのような心地だった。
さっきまで死を覚悟していたはずのシェリルは、とたんに笑顔になっていた。
「アンバーッ!」
レジーナの声と共に、何体かのグリフォンが二人を取り囲む。
「またじゃましに来たの、裏切り者。やはりあの船で殺しておくべきでしたわ。よくもまあぬけぬけと、私たちの前に出て来られたものね。まあ、なぜか生き残ったあなたが空回りするのは、見ていて楽しかったけれど」
グリフォンが火を吐いたが、アンバーは空を踏み、それらを器用にかわした。
「お前たちのことは、はっきり言って同情する」
「あら、もしかして全部知ったんですの? でも、それだったらこちらに加わるのが筋でなくて。あなただってこの世界に、ざんざん悩まされたでしょうに」
「確かに、そうかもしれん。私もこの異世界に困惑し、遠回りしてしまった。……だが今は、お前たちの目的に賛同しようとは思わん。あの時と一緒だ。確かにここは嫌悪するべき世界なのかもしれない。地獄かもしれない。だが」
アンバーは、シェリルを上空に投げ飛ばすと、双剣を抜いた。
空を四度か五度蹴って、彼女は宙を踊った。
シェリルを再度受け止めた頃には、グリフォンたちの翼がもがれ、落ちていった。
「私はこの世界を受け入れる。ここには、ここに生きている人たちがいるから……。お前たちのやっていることは、かつての魔王となにも変わらん。それに、ここには大事な『生徒』が来ている」
レジーナは首をひねった。
「訳がわかりませんわね」
「私の立場は、お前たちほど単純ではなかったということさ。今はあの子のために動こうかと、そう思っただけだ」
レジーナは目を閉じた。
もう話を聞く気はなさそうだった。
「あなたはいつもそうやって……自分だけが特別みたいな顔をして、私を見下すのね。パーティを抜けた時も、そうやって、ぜんぶ自分一人で決めてしまって!」
レジーナはかっと目を開くと、今度はグリフォンの数倍は大きなドラゴンを召還した。同時に「リミットレス・サーベル」がさらに分裂し、襲いかかる。
アンバーは人差し指と中指を立てて、“魔力”を練った。
「『火遁・陽炎改』」
アンバーとシェリルの姿が、その場から消え去る。「サーベル」は空を突き抜け、海へと刺さっていった。
舌打ちするレジーナだったが、すぐに背後から殺気を感じ、体をひねった。
クナイが、自分の目の前を通りすぎた。
アンバーが、その視線の先に見えた。
彼女は攻撃するでもなく、ただ、海上でシェリルを抱いていた。
まるで、自分の仕事をすべてを終えたかのようにして、彼女は立っていた。空を見据えて、立っていた。
「やれ、『隼人』」
「ッ!?」
もはやレジーナに、振り返る時間はなかった。
「『蒼刃破斬』ッ!」
蒼き勇者が、彼女の体を船ごと斬り落とした。




