その1
王都ベルスタから少し離れた街道沿い。
「ハヤト君、前に行って。回り込んではさみうちにしましょう」
マヤの指示に合わせ、ハヤトが剣を抜いて小走りする。
目の前にいるのは、斧を持つゴブリンだ。
背は小さく弱々しいのだが、近くで見ると少しグロテスクである。まるで人間味のない青色の肌といい、だらだらと垂らしているよだれといい、あまり自分から近づきたいと思える相手ではない。
「さあっ、私が合図するから、攻撃を頼むわね」
「お、おう」
ハヤトは剣を正眼に構える。
それに合わせ、マヤがさっと手を広げた。
「ヤァァァッ!」
ハヤトが剣を向け突進する。
マヤのほうに狙いを定めていたゴブリンは驚いた様子で彼を見たが、ハヤトの方が速かった。
ゴブリンの胴の部分に剣が突き刺さった。
「離れて!」
ハヤトが剣を手から離して後ろへとステップすると、マヤの腕から“魔力”があふれ、電撃魔法がゴブリンをおそった。
「ねえハヤト君。そのうるさいかけ声、なんとかならないの?」
絶命し、消えゆくゴブリンを見ながらマヤが言った。ハヤトは残された剣を拾い上げ、鞘へとしまう。
「悪いな、癖なんだよ」
「でもそれ『今から攻撃しますよ』って自分で言ってるようなもんじゃない。このレベルのモンスターならまだいいけど、今後警戒心が強い敵と会った時に命取りになるかもしれないわ」
「うーん、でもガキの頃から仕込まれちゃってるんだよ」
ふたりの旅が始まって数日が経った。
ハヤトは意外に早く、この世界に適応しつつあった。モンスターとのエンカウントもこれで十数回目を数えるが、実戦慣れしているマヤが敵の大体の強さと攻略法を把握していることもあり、彼らが苦戦を強いられたことは今のところない。
真剣を振るうことに、そしてモンスターとは言え生き物の命を奪うことに多少の抵抗はあったものの、やらなければこちらがやられてしまう。
そして今の彼にとっては魔王ソルテス、ユイに再開することこそが一番優先すべきことであった。
その為には仕方ないと割り切ることにしていた。
ちなみに、大きな危機にさらされていないこともあってか、ハヤトの「蒼きつるぎ」はドラゴンの一件以来、発動していない。
マヤは少し離れた場所にあった馬車に向かい、御者席へと乗り込んだ。
「さっ、モンスターも倒したことだし、できるだけ先に進んでおきましょう。もうじき日も暮れるわ。できればこの先にあるガスタルの町くらいにはついておきたかったけど、難しそうね」
「げっ、じゃあまた野宿するのかよ」
ハヤトは苦々しい表情を浮かべた。
これまで野宿などキャンプでしか経験がない彼が一番難儀していたのが、この睡眠環境の悪さであった。モンスターなどもうろついているので油断できない。
もっとも、原因はそれだけではないのだが。
マヤは肩をすくめる。
「いい加減慣れなさいよ。馬車があるだけましだと思って」
「た、確かにそうなんだけどな……その……」
ハヤトがばつの悪い顔をしてぽりぽりと頭をかいているので、マヤは首をかしげる。
「なに?」
「い、いや。なんでもない。急ごうぜ」
ハヤトにはどうしても、言えなかった。