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イモータル・マインド  作者: んきゅ
第20話「戦いへの前奏曲」
189/212

その5

 数千本の剣とグリフォンに追われながら、マヤたちはとにかく逃げる。

 逃げるしかなかった。


 マヤは少々辛そうにしている。

 時折口から火球を吐いてくるグリフォンはともかくとして、剣が速い。


「こっちはほぼトップスピードなのに……振り切れないっていうの」

「マヤ、まだ行けるかい!?」

「行けますけれど……このままじゃジリ貧!」

「ちっくしょお! こうなりゃ攻勢に打って出よう! 剣が相手じゃ『鎧』は使えない。シェリル、できるだけ強い障壁、頼むよ! コリンは攻撃に!」


 ミランダは手に持っていた鎖を離して槍を取り出す。コリンはその鎖を操作し、器用に体へと巻き付ける。シェリルはその周辺に障壁を張った。

 マヤは「紫電」を構えて言った。


「三数えで切り返します! いち、にの!」


 マヤの体が真横に傾くと、翼の輝きは右方向に向かって弧を描いた。それを無数の剣とグリフォンの火球が追った。曲がったぶん、直進して向かってくる剣との距離が縮む。


「行きます! 『シャイニングブースト』ッ!」


 言霊が彼女の意志を具現化する。金色の翼はもはや、流動する雷のような“魔力”の塊へと姿を変えていた。

 

 どん、と打ち出されたマヤたちは、瞬時に剣の群れと対峙した。


「気張れよ、お前ら! ハヤトが来るまで、諦めるんじゃねえッ! あのクソ女の鼻をあかしてやろうぜ!」

「おおっ!」


 意外にも、一番元気よく返事したのはシェリルだった。

 彼女には、わかっていたのである。

 だからどうしてか、へんに強気、というかハイになってしまった。

 ならざるを得なかった。



 このままでは、全員が死ぬ。



 剣の群れを突き進むマヤは、必死に「紫電」をふるいながらも、出来る限り剣の少ないコースを見つけようと必死だ。

 ミランダはもちろん、いつものように雄叫びを上げて、槍を振り回して剣を打ち落とす。そのスピードはもはや、かつて見たハヤト・スナップの必殺技と同じくらいにまで高まっていると見えた。

 コリンは性格とは裏腹にというか、性格通りと言うべきか、みんなを護っている。ミランダは攻撃しろと言ったが、無視している。「グラスプライン」を大きな布のように編み上げて、上部からの攻撃を防いでいる。


 私には、一体なにができているのだろう。

 シェリルは、そう思った。


 右肩に、剣がかすった。それだけでも痛い。痛くてしょうがない。確認している暇はないが、腕がとれてしまっていても、おかしくはない。それくらい強烈なスピードである。


 全員が飛び交う剣と、必死に戦っている。


 だが、どうしてそうなっているのか。明白である。

 シェリル・クレインの張った「強力な結界」が、全くと言っていいほど機能していないのである。


 シェリルは自覚していた。

 「ブレイク」能力を得ていない自分は、この戦いの役に立っていない。むしろ足を引っ張っている。引っ張り続けている。

 この一週間、大変だった。「世界同盟」が組織されて、ルドルフ王からザイド王国の協力者としての勅命を受けて、ロバートの死と、ハヤトの行方を巡って何度も何度も対立するマヤとミランダの二人を諫めて。特にマヤの狼狽ぶりは尋常ではなく、この決戦という日を迎えて、ようやく静かさを取り戻したというか、単に泣き疲れたというか。そんな具合であった。その時点ではたぶん、自分はある程度必要とされるべき人間であったのだろうと、彼女は自負していた。


 しかしこと戦闘においては、レベルが違う。

 「ブレイク」という不思議な力のおかげで、仲間たちも、そしておそらくは敵も皆、異常なほどの力を持っている。春の都で「天才」などともてはやされた自分が空気以下の存在に感じられるほどに、レベルが違う。


 とても悔しかったが、事実である。

 彼女は確かに、以前よりも精神的に強くなりはじめている。だが、敵の攻撃はそれを超えて遙かに強い。


 シェリルは情けなくも薄い障子の如く破けていく自分の障壁を見ながら、考えた。

 ここでミランダ・ルージュならどうする。


 もちろん、自分の目の前で槍を振るっているのは、他でもないミランダ・ルージュその人である。

 劣勢でも必死に。たとえ勝ち目が薄くても、笑いながら。美しく戦う、慕情を以て尊敬すべき戦士である。

 だが残念ながら、今相談している時間はない。


 シェリルが答えを求めたのは、自分の内に秘められた「ミランダ」という理想であった。

 彼女だったら、ここできっと何かやってくれるに違いない。


「諦めなかったら、何かが変わるかもしれない」と言った彼女なら、何か手を打つはずなのだ。

 それを考えろ。

 今、自分がもっともしなければならないこと――。



「そうだ。簡単な、ことだった」


 

 剣戟が飛び交う中、シェリルはぼそりと言った。ミランダが気づいた時には、彼女は「ウォール」の床から身を投げ出していた。


「シェリルッ!?」


 コリンとミランダが同時に叫んだ。


 彼女は空を舞いながら思った。

 これが、正しい選択。

 私はこの戦いについてきてはいけなかった。

 ひょっとしたら自分も、ロバートのように土壇場で「ブレイク」能力が得られるだなんて幻想を、持つべきではなかった。


「これで一人分は軽くなる。マヤさんの力で、あの城までたどり着ける可能性が少しは増える」


 このまま落ちれば死ぬだろう。

 だが、ミランダの役に立たないよりは、よっぽどましだった。

 きっと「ミランダ」なら、そうしただろう。


「これでよかったの」


 重力に引かれて、体が世界の中心に向かってゆく。

 思っていた以上のスピードだ。

 これだけの重さのモノが、マヤにのしかかっていたのだ。

 それは大きな障害が減ったことを意味する。


「みんな、後は頼みます。これが今できる、最善の選択」


「私は、そうは思わんよ」



 懐かしい声が聞こえた。



 体に、強い衝撃。何かに受け止められた。

 音が聞こえた。息づかい。そして、“魔力”の層を踏む音。

 「空踏み」だ。


「お前はやはり、どうしようもなく、シェリル・クレインなのだな……」

「あね様……!」


 空を走りながら、少し寂しげな顔を浮かべるアンバー・メイリッジが、そこにはいた。

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