その4
海すれすれを低空飛行するマヤたちは、その光景を下方から見ていた。
「うそだろ……あの艦隊が……ベントナー王が……たった一人に……」
ミランダは少しばかり動揺していた。ベントナー・タウラは王でありながら、勇猛果敢な戦士であり、有能な軍師でもあった。ミランダはそれをよく知っている。今回も、最後まで自分たちのバックアップをしてくれると期待していた。だからこそ、その最期のあっけなさに驚くほかなかったのである。
「ミランダさん、そろそろです。『鎧』の準備、できていますね」
マヤの冷静な声を聞いて、ミランダは自分の頬をたたいた。
そう。立ち止まっている時ではない。最強の敵が今、自分の拠点を離れている。今のほかに、城へと近づくチャンスはない。
「ああ、やってくれ! シェリル、どうだい」
シェリルは手に浮かぶ“魔力”の珠を眺めている。
「ソルテスが離れる時に、障壁がさらに強くなったようです。一体何十、いや、何百の法則で成り立っているのか……すら。ごめんなさい。私たちの常識ではもはや理解できないレベルのものです。せめてルーさんがいれば……」
「わかった。コリン、そういうことらしいよ!」
「魔法じゃ、破壊できない。わかりやすくていい」
「だな。マヤ、このまま一気に頼む!」
マヤは右翼を上げ、左方に切り返すと、魔王の城をその頭上に捉える。
「スピードを上げて、突っ込むわ! しっかり掴まっていて」
マヤの体から電撃がちりちりと舞い、速度がだんだん上がってゆく。
少女たちは空を滑るようにして上昇していった。
「全速ッ! 『シャイニングブースト』ッ!」
言霊とともに、きゅん、と小さな光の筋を残して上方に加速する。
強烈な重圧がかかり、ミランダたちは息を止めた。
みるみるうちに、城が近づいてゆく。
やがてミランダが叫んだ。
「コリン!」
「『グラスプライン・キャスタディ』!」
コリンがブレイク能力「グラスプライン」を発動。
“魔力”で精製された桃色の糸が、しゅるしゅるとミランダの足に巻き付いた。
「やれっ!」
合図に合わせ、コリンが腕を上げる。
ミランダの体が、弾丸のようにはじきだされた。
彼女は、目の前に迫った障壁を見た。
一体何層、何百層が重ねられているのか。透明さが失われ、それが「障壁」だと視認できるほど、それは分厚かった。
「こんな障壁、アタシがぶち抜いてやるよッ!」
ミランダは雄叫びと共に「鎧」を装着する。
障壁に突進をかけると、周囲の障壁にひびが入り、次々に割れてゆく。
「よし、いける!」
「そうはいかなくてよ」
声と共に、ミランダの体がぴたりと止まる。彼女は即座に「鎧」を解除し、障壁をけりつけた。
「戻せっ! 進路を変えろ!」
「『グラスプライン・スピニングホウィール』!」
コリンの手元に巨大な糸車が設置され、回転を始める。ミランダが空中へと投げ出されたその時、さっきまでいた場所に数百本の剣が飛び、障壁へと突き刺さった。マヤはミランダを回収し、すぐさま後方へと切り返した。
だが、ひとつの空を舞う小舟がそれを追った。
「なかなかいい判断ですわ! でも、このくらいは避けてくれないと、こちらとしても張り合いがありませんわね」
小舟の縁に足をかけながら言ったのは、レジーナ・アバネイルであった。両手持ちの剣を握っている。
ミランダは舌打ちした。
「モンスターを召還する女だ! 気をつけろ!」
「その通り。どうぞお気をつけて」
レジーナは剣を船に刺すと手を広げ、“魔力”を練った。
「『サモンモンスター・レベル・フィフティファイヴ』」
彼女の手のひらに“魔力”空間が精製され、下方向にカーヴしたくちばしと、羽毛に包まれた鋭い目が覗いた。その眼光は先を飛ぶマヤらを捉えている。
「でけえ、鷹か!?」
翼を広げたモンスターの下半身には、四本の足と長い尾がついていた。シェリルが声を上げる。
「違う……あれはグリフォンです!」
「大当たり、ですわ」
レジーナの手からモンスター・グリフォンが次々と召還されてゆく。それぞれが甲高い奇声を発しながら、マヤたちを追う。
「この数! 一体どれだけ出せるんだいっ!?」
「説明する義務はないけれど。その気になれば何万体だって出せますわ。ザイドを襲った時みたいな雑魚でしたら、もっと」
言いつつ、レジーナは片手で剣を握って空へと放り投げた。
彼女は、その剣……かつてリブレ・ラーソンが使っていたそれを少し悲しげに見てから、決意を固めた表情で紅く輝くガラス片を胸元から取り出すと、それを握りつぶした。
「あなたたちにはもう、希望すら与えない。私の『セカンドブレイク』で、このまま死になさい。『リミットレス・サーベル』!」
空中の剣がぶん、と分身する。まるで巨大な剣山のように、数百、数千本と増えてゆく。レジーナが手を広げると、一斉にマヤたちの元へと襲いかかった。




