その2
空に並ぶ艦隊の中でもひときわに目立つ、真っ赤な戦艦の瞳が、それをとらえた。
「城からひとり出てきました。ソルテスと思われます」
冷静に言った女の視線の先には、紫を基調としたドレスをまとう女性が一人、足を組んで座っていた。その体からは同色の“魔力”が、少しばかり放出されている。
「出てきたか。さっきの攻撃が効いたかしらねえ。タウラやベルスタの猿どもに最新技術を分けてやったかいがあったわ。今回の勇者は負けたそうだけど、どうやら今回は私たちの方に分があるようね」
『誰が猿だ、アンジェリーナ!』
アンジェリーナと呼ばれた女の目の前に設置されたパネルから声が飛んだ。いかつい男が映し出されている。
「猿を猿と言って、何が悪いのかしらねえベントナー」
「それが、傲慢だというのだ!」
魔王の城を挟んで逆側。青い戦艦の座席に座る、ベントナー・タウラ十五世は、肘掛けを殴りつけた。
「魔王軍を侮るな。今回の『蒼きつるぎ』の勇者の中には、かつての我が軍の英雄もいた。それが、歯も立たなかったというのだ。私たちの想像以上に、奴らは強いということだ!」
『うん、そう。わかった。通信切るわね』
おそらくわかっていないであろうアンジェリーナがパネルから姿を消したので、ベントナーは再び肘掛けを叩いた。
「あばずれが。自分ひとりで全てできると思いこんでおる」
「メルトナの女王・アンジェリーナ……噂にたがわぬクソ女だな。ま、感謝だけはしておかなけりゃだけどね」
隣に座っていたミランダ・ルージュは、それだけ言って立ち上がった。
「お、おいミランダ君、どこへ行くつもりかね! タウラの鷹は、この安全な管制室で機を待てばよい!」
「無理言って乗せてもらったのに悪いね、王様。アタシたちからすればその『機』って奴が、今まさに来たのさ。もう一回攻撃を仕掛けるんだろ。それに合わせるよ」
ミランダは槍を持ち、外套を羽織って部屋を後にした。
ベントナーは頭を抱えた。
「ミランダ・ルージュ……ようやく国に戻ってきてくれたと思えば……。お前はいつだって、私の元から飛び立って行ってしまうのだな……」
ミランダは戦艦の中に設けられたバルコニーに出た。
彼女は息を吸い込み、声を張り上げて言った。
「野郎ども、待った甲斐があったよ! ソルテスの奴がとうとう出てきた!」
「野郎は一人もいないよ。全員女」
冷静につっこんだのはコリン・レディングである。ミランダは槍を床についた。
「心は野郎! アタシはな、ロバートの遺志を継いだんだよ!」
「それでも生物学的には、女」
「そんなみみっちいことはどうでもいいんだよ!」
「……それで。ソルテス一人なんですか」
後ろに座っていたマヤ・グリーンが、視線を投げかけた。ミランダは頷く。
「グラン・グリーンはいない。そしてマヤ。この間も言ったけど、あいつはアタシが倒す。たとえあんたの兄貴だとしたって、もうアタシは、あいつを前にしちゃ止まれない。アタシの油断が、ロバートを殺したんだから」
マヤは答えなかった。
二人の間に微妙な空気が流れたのを見て、あわててシェリル・クレインが間に割って入った。
「ど、どちらにせよ! ソルテスが出てきたのなら総攻撃のチャンスですね!」
「ああ。今度の攻撃で奴らの障壁を少しでも弱められれば、アタシの能力で魔王の城へ入れるかもしれない。そこからが勝負さ」
「でも、ハヤトもルーもいない」
沈黙。
勇者ハヤト・スナップと、大事な仲間ルー・アビントン。ロバート・ストーンを失ったあの塔の戦いから、一週間以上経った今になっても、彼らはまだ戻って来ていない。
それでも。彼女たちは前を向いていた。
あの戦いを終えたあと、ザイド・スプリングに戻ってきた彼女たちを出迎えたのは、タウラ王国の飛空戦艦だった。
タウラの王・ベントナーと魔法大国メルトナの女王・アンジェリーナは、互いの戦争を一時休戦とし、魔王の城の最後の封印宝玉を所持するラングウィッツ共和国、マヤの故郷であるベルスタ王国と共同戦線を組み、「世界同盟」として魔王軍討伐のため動き出していた。彼らは強大な潜在“魔力”を含んだ土地を持つザイド王国をその中に加えるため、やってきていたのである。
だが、聖域と四精霊の加護を失った上、魔王軍の襲撃を受けたザイドには、もはや戦力は残されていなかった。
そこで白羽の矢が立ったのが、かつて「タウラの鷹」と呼ばれ、メルトナの兵士たちから恐れられていた戦士ミランダ・ルージュと、行方不明となった勇者ハヤトの仲間たちであった。
世界同盟の飛空戦艦はすぐさま、宙に浮かぶ魔王の城をその視界にとらえ、包囲網を築いた。
メルトナの誇る飛空戦艦による一度目の攻撃は半日かけて行われたが、城に張られた強大な結界を破ることはできず、大きな戦果を上げるには至らなかった。
だがその半日後、動きが起こった。魔王・ソルテスがその姿を表したのである。
「ハヤトとルーは、絶対に戻ってくる。アタシは、そう信じてるよ。ロバートのバカは……死んじまったけどさ……。それでも、アタシは確信している。ハヤトは生きている。絶対にここにへと駆けつけてくれるはずだよ。あんただってそう思うだろ、コリン」
「ソルテス……もう話を聞いてくれないあの子を止めるには、ハヤトが絶対に必要。だから生きてくれていないと困る。だよね、シェリル」
「私も、そう思います。ハヤトさんならきっと、戻ってきてくれる。……そうですよね、マヤさん」
マヤは、既に「紫電」を抜いていた。
「ハヤト君が、死ぬわけないわ」




