その10(終)
ハヤトの“魔力”が一気に高まると共に、彼の周囲に、蒼い「カルチャーレ・グローボ」がいくつか浮かんだ。
同時に、異世界で戦った時に使っていた藍色の皮鎧が装着された。
「リブレ。この技、もらっていくからな!」
リブレは、何も答えない。
彼は既に、動いていない。
それでもハヤトは、言っておきたかった。
球を踏みしめると、ハヤトは一挙に加速して空へと向かっていった。
「うおおおおおッ!」
ハヤトが剣を振ると、「蒼きつるぎ」から同色の光線が飛んでゆく。
「グローボ」がそれを跳ね返し、加速させてゆく。
彼はビンスが作り上げた「ドール」の層を、間近でにらみつけた。
「この力で、世界を救えるっていうのなら! 俺に、できるっていうのなら!」
ハヤトは「グローボ」の一つをたたっ斬る。無数に反射、増幅された蒼い光線が、空にまき散らされた。
ハヤトはそのまま空中で、猛烈な勢いで回転を始める。
「やってやるッ! いっけぇええええ! 『蒼球斬波』ッ!」
蒼い光線が、空をまるごと包み込む。
空を覆っていた「ドール」は、それに触れた瞬間、消滅していった。
ハヤトは上昇を続け、次々に「ドール」を消し去っていく。
「こんなもので……こんなもので俺を止められると思うんじゃねえぞぉッ!」
暗い空が、やぶけてゆく。
青い空が、戻ってくる。
その光景を、ルーは大喜びで見ていた。
「ハヤト、やっぱりすごいの!」
リノは興味深そうに、空に輝く光線を眺めている。
「『ゼロ』の力が、『レッド・ゼロ』なしで完全に覚醒している。こんな歪んだ世界のはざまで、こんな力が生まれるだなんて……本当に皮肉なものね」
回転を止めたハヤトは、辺りを見回す。
本当の空が、燦然と輝く太陽が。彼を出迎えた。
「ああ……」
ハヤトは思った。
なんて、なんてきれいなんだろう。
感慨に耽っていると、彼の右方に、何かが大きなものが現れた。
「これは……!」
何かが、空気を裂くようにして回っていた。
ハヤトは上を見て、それが、一つの大きなプロペラだと気がついた。
同様のプロペラが、次々と現れる。
リノは遠目からそれを確認すると、息をついた。
「ようやく来たわね」
無数のプロペラがついた、巨大な、巨大な船。
飛空挺であった。
「すげぇ……」
ハヤトは、思わず絶句する。
その大きさが、自分の常識を遙かに越えている。
ジャンボジェットよりも、ザイドで乗った船よりも、ドラゴンよりも。
比べものにならないほど巨大だ。
そこに、暗い闇が迫ってきているのを、彼は確認した。
「ビンスの『ドール』軍団!? まだ残っていたのか!」
ハヤトがすぐさまそちらに向かおうとしたが、飛空挺から、一人の男が飛び降りたのが見えた。
「しゃらくせえッ! 『ジョバンニ・エクスプロージョン』ッ!」
聞き覚えのある声と共に放たれた輝く拳は、残っていた「ドール」を瞬時に消し去った。
男は、空中に着地すると、つばの長い帽子を掴んで叫んだ。
「ようハヤト! また会えたなぁ!」
「ジョ、ジョバンニさん!?」
ジョバンニ・ロストフ。
ハヤトたちがザイド・サマーで出会った、トレジャーハンターを自称する、奇妙な男。
夏の精霊との戦いで凄まじい技の数々を披露し、ハヤト一行に“魔力”の可能性を見せつけたかと思うと、ひとり消えていった謎の男が、ここに現れたのである。
だがハヤトは、思い出した。
そうだった。この男は。
「遅いぞ、ジェイ!」
リノの声が飛んだ。
ジョバンニ……かつてソルテスたちとも戦った魔王の右腕・ジェイは、その声を確認するや否や、慌ててマンションの屋上まで降りて彼女にひざまずいた。
「魔王様、すんません。どうにも、数が多くてね。男ジョバンニ、ここに戻りました!」
「ずいぶんとまあ、キャラクターが変わっちゃって。あっちの世界で、よっぽど楽しんでいたみたいね」
「そ、そんなこと、ないっすよ。ちゃんと言われたとおりにやりましたって。それに人間の世界にとけ込むってのも、悪くなかったですねえ! 魔王様に頂いたジョバンニって名前も、すっかり気にいっちまいましたよ」
「……まあいいわ。ハヤトに飛空挺を貸してやりなさい。あなたはここに残って、ビンス・マクブライトのお人形ちゃんの残党から、ここを守りなさい」
「へえ、魔王様。もしかしてハヤトたちの方を応援してらっしゃるんで? えこひいきはしない主義だったんじゃ?」
「異常事態なのよ。やらなきゃ私たちも危ないの。手伝いなさい」
「はっ!」
リノは、ルーの頭に手を置いた。
「ルー。今からもう、あなたは自由よ。好きに行動しなさい。あなたが好きな、あの子のためにやるって言うのなら、おばあちゃんは応援するわ」
「ありがとうなの、おばあちゃん!」
ハヤトが降り立つと、ルーは彼の元へと走っていった。
彼はルーを抱き留めてやると、リノに言った。
「魔王さんよ……その、助かったよ。でもこれも、『ゼロ』の意志って奴なのか? 『ゼロ』って一体、何なんだ?」
魔王は、ただ、言った。
「自分が思うように行動すれば、それでいいの。それ以上のことなんて、ないのよ。……今にお人形さんたちが戻ってくる。早く行きなさい。あの飛空挺は、“魔力”でコントロールできるわ」
ハヤトは、しばらく黙っていたが、頷いた。
「……そうするさ。真矢、またな!」
ハヤトとルーは、ぐんと飛び上がって飛空挺へと向かった。
彼らは、進む。最後の戦いの場へ。
【次回予告】
少女たちは戦う。
少年が来ることを願って。悪意と戦い続ける。
人々は抗う。それでも、運命から逃れられない。
悪意は願う。運命が運命と定められる、その時まで。
次回「戦いへの前奏曲」
ご期待ください。




