その8
リブレは、その場に仰向けになって倒れた。
彼の「グローボ」と、体を包んでいた紅い“魔力”が完全に消え、口から大量の血が溢れた。
ハヤトは、息を荒くしてその場に膝をついた。
真矢が、そこに駆け寄る。
「お、折笠! 大丈夫?」
「真矢……お前、どうして」
「よ、よくわからないの。でも、何かが聞こえて……『蒼きつるぎ』が使えないハヤト君を守らなきゃって思ったら、私の中から、力みたいなものが……わ、私、さっきから何言ってるの……?」
「別世界の記憶が……流れ込んだんだろうね……」
リブレの声が聞こえた。ハヤトはがばりと起きあがると、近くに倒れる彼を無理矢理引き起こした。
「リブレ、教えろ! どうしてたった二人で、俺のところに来た! 俺を殺すなら……魔王軍全員で来るとか、もっと確実な方法があっただろう!」
リブレの表情は、心なしか穏やかに見えた。
「自信家だね……。でも、その通りだ」
「時間稼ぎよ」
すう、と、ルーを伴って魔王リノが近くに降り立った。
「ハヤトとマヤなの!」
「ル、ルー!? ルーなのか! じゃあそっちのあんたが魔王……?」
「時間がないから察してちょうだい。……話を戻すわ。この男はソルテスが揃えたふたつの『レッド・ゼロ』が完全に覚醒するまでの時間を、稼ぎたかったのよ。要は鉄砲玉ってわけ。そうでしょう?」
「やあ、魔王……。ビンスは死んだのかい……。もっとも、壊れたあいつは、くそやろうだったけれど、ね。確かに酔っぱらうと、あんな感じだったけど……まさかあれが素だったなんてね」
リノは、リブレの前に立った。
「あなた、正気に戻ったの?」
「そんな訳、ないだろう……。僕は、あの時ソルテスに『壊して』もらったんだ。みんなあの時『壊れた』んだよ。ばかばかしい……」
ハヤトは、そんな風には思わなかった。
今ここに倒れているのはまさしく、「魔王」ではなく「勇者」ソルテスの仲間だったリブレ・ラーソンであると、そう思った。
「リブレ、教えてくれないか。時間稼ぎって、何のことなんだ」
リブレは、ぼおっと空を眺めながら、たどたどしく、ゆっくりと言った。
「まあ、もう、いいか……。僕たちは確かに、失敗した……。本当はあの塔で、君の『レッド・ゼロ』が発動して、そこで全部が終わるはず、だったんだ。でも、そこの魔王が、せっかくここまで育てた君を、連れ去っていった……。計画は、むちゃくちゃさ……。だけど、グランは、その状況も、予測していたらしい……。君の『レッド・ゼロ』の核を、すでに抜き取っていたんだ……」
ハヤトは、自分の「ゼロ」、「蒼きつるぎ」から紅い部分が全て消え去っていたことを思い返した。
「だからさ……僕らの目的は、もう達成されたんだよ……。君っていう媒介がいないから、時間はかかる、らしいんだけどさ……。ふたつの『レッド・ゼロ』を使った世界の破壊は、もう、始まってるんだ。だから、ふたつの世界が、混じり合い始めているんだ、よ」
「だから、その為の時間を稼ぐために……!」
「もちろん、僕は、君を倒したかったけれどね……。『壊れる』前の僕は、そりゃ……もう、ダサかった……。だから、みんなの先陣を切って戦える……頼ってもらえる、戦士に……」
リブレの口から、血がこぼれる。
ハヤトは、彼の名を呼びながら、「蒼きつるぎ」を呼び出す。
「やめろって……ようやく、死ねるんだ……放っておいてくれよ……」
「でも……でも!」
リノが彼の肩をつかむ。
「やめなさい。『セカンドブレイク』……二度目の上限破壊をした人間は、もう体の構造が違う。『ゼロ』での治療はできないわ」
「ハヤト……忠告するよ、その甘さは絶対に、命取りになる……。あいつらは、みんなは全員『壊れて』いる。本当に止めたいならさあ……躊躇するなよ。僕の仲間は、誰ひとり、躊躇しない、よ」
「その通り!」
全員が声の方へと振り返った。
「ビンスッ!?」
体を二つに割ったビンス・マクブライトが笑っていた。




