その4
一方、リブレとハヤトの戦いは膠着状態にあった。
「おい」
リブレが苛ついた様子で、強く握った剣をハヤトに向けた。
「どうして『つるぎ』を出さない」
ハヤトは剣を構えてはいるが、それは自分の“魔力”で精製した「剛刃」であった。「蒼きつるぎ」ではない。
何も答えないのを見て、リブレは彼の名を叫びながら、再度姿を消す。
ハヤトはなんとか反応し、リブレの剣をパリーした。
高い金属音と共に、「豪刃」の刃が少しだけこぼれた。
「ナメてんじゃあねえぞッ!」
間髪入れず、蹴りの追撃が入る。ハヤトは飛び上がってそれをかわし、「空踏み」で距離を詰めて攻撃に打って出る。
「おらあッ!」
二人の剣がぶつかりあった。ハヤトはさらに踏み込み、リブレに迫った。
「蒼きつるぎ」が、出ない。
それが彼の現状であった。
理由はわからない。
もしかしたらどこかで、自分の力をセーブしてしまっているのかもしれない。
ビンスに春の都でかけられた魔法がまだ解けていないのかもしれない。
どちらにせよ、出ない。
目の前にいるのは、自分たちの世界をめちゃくちゃにしようとしている奴らの一味だ。
仲間も殺された。
それでも、出ない。
ここまで来て、力が出せないだなんて。
「くっそおおおッ!」
ハヤトの剣が空を斬ると同時に、リブレの拳が彼の頬を捉えた。
「ハヤト……君さあ、もしかしてここまで来て、『蒼きつるぎ』が出せない、だなんて言うんじゃないだろうね」
尻餅をついたところに、今度はハヤトの顔にリブレの蹴りが命中する。
「あれを出したお前を倒さなきゃ!」
蹴り。
「何も!」
再び、蹴り。
「意味がないんだよおッ!」
三度蹴られ、ハヤトの体はマンションの貯水タンクへと打ち付けられた。
「ぐっ……」
「せっかくのこの興奮が、消えちゃいそうじゃないか。君を倒したくてようやく物にした『セカンドブレイク』の力が、無駄になってしまうじゃないか。どうしてくれるんだよ!」
リブレはハヤトの元に歩いてゆき、彼をいたぶるように蹴りつけ続ける。
その時ハヤトは、なんとなく思った。思ってしまった。
かわいそうだ。
リブレ・ラーソン。この男は最後までソルテスたちの計画に反対していた。納得していたようにも見えたが、半ば脅迫に近い形で彼はソルテスによる、人間性を破壊する「ブレイク」を受けた。
「おい、ハヤトォ! なんとか言えよ!」
ハヤトは、蹴られつつも思った。
きっと、この気持ちのせいで、「つるぎ」は出ないのだ。
この男を、なんとかしてやりたい。
ソルテス……ユイを、なんとかしてやりたい。
「どうにか、できねえもんかな……」
ハヤトは、リブレの足を受け止めた。
リブレは即座に剣での攻撃に切り替えたが、その前にハヤトに投げ飛ばされた。
「お前ら全員を、どうにかしてやれねえもんかな……」
ぼろぼろになった上着を破りながら、ハヤトは立ち上がった。
リブレの目つきが変わる。
「なんだよ、それ? なんだよ、その発言。僕らを哀れんでるのか?」
「お前らが本当にどうにもならなくなって、世界を破壊するって選択をしちまったのはわかる。状況が同じだったら、俺だってそうしたかもしれない。でもさ……やっぱりそれは、違うと思う。その選択は違うんだよ、リブレ」
「違わないさ! 僕らは僕らの世界のために、今こうしているんだ! それともお前は、これ以外の答えを用意できるって言うのか! どんな気持ちで僕らがこの選択をしたのか、わかってんのかよッ!!」
「やっぱり、そうか。少なくともお前は、悔いてるんだな」
リブレは一瞬はっとしたが、すぐに頭を抱えて首を振った。
「ハ、ハヤト……。それ以上何も言うな。僕はお前を殺せさえすれば、それでいいんだ!」
「俺にだって、答えなんてわからねーよ……。何もかもメチャクチャすぎる。誰に怒りをぶつけりゃいいのかすら、よくわからねえ。でも、お前らを止める。俺にだって、護りたいものがあるから!」
ハヤトの瞳が蒼く輝き出す。
それを見て、リブレは紅く輝くガラスの破片のようなものを取り出して握りつぶした。彼の右目が、紅く染まってゆく。
「そうだよ! それだ! 最初からそれを出してりゃ、よかったんだ!」
「反論の余地もねえ。もう迷わない。お前たちを全員倒して、ユイ……いいや、ソルテスの奴を止める! それが俺の答えだ!」
「蒼きつるぎ」が姿を現した。




