その3
飛ばされたリノは、空で待機しているドラゴンの一体に捕まってその背に降りた。
ビンスも彼女のすぐ近くに着地した。
「さーて、これでようやく二人きりになれたね、魔王。ところで、君がハヤトに肩入れするのはルール違反じゃないのかな?」
「元から違反しているのはあなたたちの方なのよ。世界を飛び越えたり、『ゼロ』の保有者を自分たちの世界で育てたり、もうめちゃくちゃだわ」
「お言葉を返すようだが、めちゃくちゃにしてくれたのは他でもない、君のほうだろう。僕たちにはハヤトを教育する必要があった。この世界にはモンスターがいないらしいからね。このままで彼が『レッド・ゼロ』どころか『ゼロ』の力を持つに至る可能性すら皆無に等しかった。だから、彼をある程度の命の危機に晒してやる必要があった」
「判断としては間違っていないけど、バカね。そのままにしておけば、少なくともこの世界同士の勝負には勝てたはずよ」
「へえ、やっぱりそういうシステムなんだ? 『ゼロ』を持つ人間同士が、世界を賭けて戦う。『スポット』はそのための場所ってわけだ。なるほど。僕らが戦ったソルテスは、相当なムチャをやらかしたらしいな。君が焦る訳だ。だが、わかりやすい。それだけ『ゼロ』の力は強大ということだ」
リノは答えない。
ビンスはにやりと笑う。
「しかし、もうそんなことはもうどうでもいい。僕は君をずっと待っていた。この時を待っていた」
「愛の告白ならお断りよ」
「なあ、魔王。僕に『ゼロ』をくれないか? なんなら、ハヤトかソルテスが持っているものを僕に移してくれてもいい。お前にならそれができるんだろう?」
「……それで、どうしようっていうの」
ビンスは演技じみた動作で手を広げた。希望に満ち溢れた少年のような、明日結婚する青年のような、そんな明るさで。
「決まっているじゃないか。『ゼロ』をもっと研究したいんだよ。なんなら僕の世界を作ってもいい。とにかくもっと『ゼロ』のことを知りたいんだ。こんなにも面白い研究対象は他にない」
「……あなたは、そのためにこうする道を?」
「いいや、元はグランやソルテスたちに賛同していた。でもきっと、どこかでそんな風に思っていたところがあったんだろうね。人間性を破壊された僕は、いつの間にかその為に生きるようになっていた。僕はそのためなら『ゼロ』のために動くよ。ハヤトにだって力も貸すし、なんならソルテスを暗殺してあげてもいい。彼らは世界の書き換えには邪魔だろうし、今は別のことで手がいっぱいだからね。どうだい、悪い話じゃないだろう?」
リノは、しばらく黙った。まるでそれを検討するかのように黙りこくった。
ビンスはただそれを見ていたが、彼女の様子が変わったことに気がついた。
「おい、魔王。聞いているのか?」
少女は、三角耳をぴくぴくさせて彼を見た。
「おばあちゃんが言ってるの。あなた、とってもばかだって」
ビンスの顔付きが変わった。
「おい、獣人。お前に用はない。魔王を出せ」
「おばあちゃんは、もう話すことはないって言ってるの。ルーで十分だって、そう言ってるの」
「きさまッ!」
ビンスが「ドール」をけしかけ、ルーに向かわせる。
だが、ルーはそれらを手で弾いた。
「それにしても驚いたの。おばあちゃんは、ルーの中にいた」
『驚かせてごめんね、ルー』
ルーの脳内に響くリノの声は、謝罪の気持ちに満ちていた。
『でも、あなたは私が思っていた以上に強くなった。本当だったら、「ブレイク」能力の覚醒とともに、あなたの人格はもう発現しないはずだったの。しかしあなたは、私の力をはねのけて、「ルー」という存在を確固たる一人格として作り上げた。何が理由かは知らないけれど』
「それは、ハヤトのためなの。わたしは、ハヤトのお嫁さんになりたい!」
『……認めるわ。あなたは魔王の予備人格ではない「ルー・アビントン」という、一人の魔族よ。あのバカと話すのは飽きたから、あなたに任せるわ。私の“魔力”を使いなさい』
「わかったの、おばあちゃん!」
ルーは「ブレイク」能力を発現させる。
「出てこい魔王ッ! お前を従わせてでも、僕は『ゼロ』を手に入れるッ! エイミー、メグッ!」
ビンスは瞳を紅く染め上げると手を地につけ「ドール」をニ体召還した。黄色いドレスの小柄な人形と、桃色の華やかな衣装をまとった大柄な人形が姿を表した。どちらも血で汚れている。
「最初にお前と戦った時とはレベルの桁が違うぞ。僕の大切な大切な、最初の『オリジナルドール』だ。一体でも、そこにいるリブレくらいは強いと思うよ」
「そんなわけないの。人形は人形なの」
「僕の『オリジナル』を、人形呼ばわりするなあッ!」
ビンスが両腕をなぐ。「オリジナルドール」の二体は、ふっと姿を消した。
ルーは「瞳」の文様をぐるりと回転させた。
「見えるの!」
手を広げた彼女の元に、二体のドールが拳を打ち付ける。「障壁」と拳がぶつかりあい、衝撃が起こる。
ビンスは高い声を出して笑いながら叫んだ。
「ジョーッ!」
三体目の「オリジナル」が、正面から彼女に襲いかかる。
ルーはその場をジャンプして、危機を脱する。
「はい、詰んだぁっ! ベスッ!」
完全に少女の姿をしたビンスのオリジナルドール「ベス」が、空中に控えていた。彼女は大きな“魔力”の珠を作っている。
「はははははッ! とりあえずぶっ飛びなよ、魔王!」
「ベス」の攻撃が、ドラゴンの背に激突する。
“魔力”が収縮し、ドラゴンを一瞬で飲み込むほどの大きな爆発が起こった。
ビンスは空中で、「ベス」に抱きしめられていた。
彼はいとおしそうにその体をさすった。
「ごめんよ、ベス。また戦いにかりだしてしまって。君の力が必要だったんだ。でも、もうすぐだからね。『ゼロ』の力を手に入れて、いずれ君を蘇らせてあげるから」
「『デス・ブリーズ』」
瞬間、「ベス」の頭がはねられた。
ビンスは、その場に硬直する。
「なぜだ……『障壁』は中和したし、『オリジナル』三体で拘束したんだぞ……一瞬たりとも避ける隙はなかったはずだ。死ぬには至らずとも、直撃を食らったはずだ……なぜだ……」
「簡単よ」
黒いドレスをまとった魔王・リノが彼の前で腕組みしていた。
体の大きさや顔つきなどは先ほどまでと同じだが、三角耳はなく、瞳の色も赤から銀色に変わっていた。
「ルーに体をあげたの。あなた、魔王を相手にしている自覚、あったの? 私がズルしないとでも思ってたの? そのお人形ちゃんでできたのは、ジェイ一人を止めることだけだったでしょう? どうしてそんなこともわからなかったの?」
ビンスは、体をぎこちなく動かして地面をみる。
なんとか攻撃を耐えたらしいルーが、こちらを見ていた。
「おばあちゃん……おばあちゃんなの!」
「が……は……!」
ビンスの体が、ずるり、と縦方向に裂けてゆく。
「今度はあなたが斬られる番になったわね。感想は?」
「……これで終わると、思うなよ……もうお前たちは……間に合わ」
そこまで言ったところで、彼の体は「ベス」と共に両断され、落ちていった。




