その1
その光景は、異様でしかなかった。
ドラゴンが飛んでいる。しかし……そのすぐ下には、マンションがある。日本家屋がある。車が走っている。鋼鉄製の橋が架かっている。
自分の世界に、あのドラゴンが飛んでいる。
ハヤトはその不可思議な景色を、驚きの表情で眺めていた。
「どういうことだ!?」
魔王・リノがため息をつく。
「本当に、ルール違反にも程があるわ。世界を越えて攻め込んでくるなんて……。でもハヤト、もしあれにソルテスが乗っていなかったとしたら、相当まずいわよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないっ! もしあいつらが少しでも暴れたら……それだけでこの世界がめちゃくちゃになっちまう!」
ハヤトは“魔力”を足に集中させると、窓を踏み切って大きくジャンプする。リノもそれに続く。
「待ちなさい。まだあなたには知らなきゃならないことが残っているわ」
「あれをどうにかするのが先だっ!」
「まったく……つくづく対応者ね、あなたは」
二人は止まっている車の上に着地し、もう一度飛んだ。
ドラゴンから高いマンションの屋上に、一人の男が降りたった。
「へえ……ソルテスやお前が言っていた通り、不思議な世界だな。これだけの人間がいるのに、“魔力”を全く感じないなんて」
リブレ・ラーソンが剣を抜く。
続いて降りてきた、ビンス・マクブライトが笑った。
「でも、この世界はこの世界で面白いよ。独自の情報技術が発達しているんだ。中でもコンピュータという装置を使ったインターネットと呼ばれる情報伝達技術は、“魔力”のそれを遙かに凌駕しているとも言えるね。何度か使ってみたけど、物質の構造からして違っていた。この世界の在り方は、どこか内向的で実に興味深い」
「難しい話はやめてくれないか。お前はそうやって、他人にわからないことを敢えて話して喜ぶ悪い癖がある。言っとくがね、僕はお前のことなんて大嫌いだし、ハヤトと戦えさえすればそれでいいんだ。だからさっさと奴を探してくれ」
「ああ、わかってるさ。……ここまで大げさに登場したんだ。正義感が強くてまっすぐな彼のことだから、バカみたいに必死な顔をして、出てきてくれると思うよ。……そらね」
ビンスの言葉に合わせるようにして、マンションの屋上に向かって二つの人影が現れ、着地した。
「魔王軍ッ! やっぱりお前らか!」
「ハヤト、もう少し考えて行動しなさい。物陰から様子を見るとか、手段はもっとあったはずよ」
ハヤトを諭すリノを見て、ビンスが目を細める。
リブレはにやりと笑って、剣を構えた。
「そうだよハヤト、また僕たちだ。僕たちを止めないと、君のこの世界が大変なことになるぞ。君のお友達もたくさんいるんだろう? 殺して回るのもいいかもしれないな」
「させるかよ、そんなこと……!」
「待ちなさい」
“魔力”を練り始めたハヤトを、リノが制止する。
「にせ魔王軍のお二人さん。ソルテスがいないってことは、あなたたちは『時間稼ぎ』ってことになるのかしら。『レッド・ゼロ』のかけらを、あの塔で手に入れたのね」
ビンスが“魔力”を練る。
「その語り口! やはり魔王か。お前は『どっち』だ?」
「どっちもこっちもないのよ。魔王は魔王。あなたたちに縦横に斬られた敗軍の将ってわけ」
ビンスは『ドール』を召還した。
「本当にここに来てよかった。リブレ、君はハヤトとやりたい、そうだよね?」
リブレは既に紅いガラスのようなものを掴んでいた。
「行くぞ、ハヤトォォッ!」
「バカで助かるよ、本当に。じゃあ、魔王の相手は僕ってことで!」
二人が駆け出す。
ハヤトとリノは身構えた。
「ハヤト、詳しくは後で説明するけど、とにかく急いでッ!」
「当たり前だッ! ロバートさんの敵を討たせてもらうぞ、魔王軍ッ!」




