その10
白の一行は、黒い扉をまたいで空間を脱出した。
見えたのは、やってきた時と同じ、魔王の城の内部であった。
しかし、全員がすぐに、異変に気がついた。
「……左右が、逆だ」
リブレが口にしたが、誰も反応しなかった。
部屋の構成が、戦った時とは鏡合わせにしたように逆だった。
中央には、自分たちと戦った魔王が、縦方向に真っ二つになって倒れていた。
「嘘だろ……」
またもや、リブレが言った。
「魔王は、横に……横に斬られたはずじゃないか。うそだろ……こんなの……。僕たちが戦っていたあいつらは、本当に……」
グランが一歩前に出て、その亡骸を焼いた。
「リブレ、それ以上言うな。全員、わかっているな。まずは現状について調べる。ソルテスは『蒼きつるぎ』を使うな。判断はそれからだ」
その言葉はあたかも、目の前の決定的事実を否定するかのようだった。
だが、この時点ではまだ誰も、信じることができていなかった。
この世界が、どこであるのかを。
それから数日、勇者一行は世界の現状について調べた。
レジーナは魔王の城へ誰も近づけないよう、巨大な障壁を張り、封印を施した。
ミハイル、リブレ、グラン、ソルテスの四人は各所に赴き、情報を収集した。魔族がいなくなったことで彼らは英雄としてもてはやされたが、目的を達成するとすぐに城へと戻った。
「……これで、はっきりしたな」
グランが、世界地図を広げる。
全員が息を飲んだ。
彼らが知っているそれとは、少しだけ異なっていたのである。
「ベルスタに大きな違いはないが、ザイドとの間に海が設けられて島国になっている。タウラとメルトナは逆に地続きだ」
「でも、タウラの国王は変わらずベントナーさん、メルトナもアンジェリーナさんだった。ザイドはジェイクさんじゃなくてルドルフ王子みたいだったけど……ここに生きている人たちは、ニセモノじゃない」
「だけど、違うんだね……。ここは、私たちが生まれ育った場所と、別の世界……そういうこと、なんだよね?」
別の、世界。
それが彼らの導き出した答えだった。
「グラン! グランはいますか」
部屋にビンスが入ってきた。いくらかの本を手に持っている。
「どうした」
「城の地下室に残されていた『蒼きつるぎ』の研究データがほぼ解析できました。……これらを総合すると、今回の現象についてのほとんどが説明できます。私たちが今、ここにいるのは『蒼きつるぎ』……いや、『ゼロ』の力によるものです」
「どういうことだ」
ビンスは間を置いた。
彼自身も少しばかり、言うのを躊躇していたようだった。
「ソルテスの持つ『蒼きつるぎ』は、『ゼロ』と呼ばれる、“魔力”による破壊プログラムです。私たちの戦いは、『ゼロ』を覚醒させるための儀式のようなものだったようです」
「なんだって!? じゃあこれまで僕たちが戦ってきたことは、全部仕組まれていたっていうのか! いったい誰が、何のためにそんなことをするんだよ!?」
「落ち着いてください、リブレ。理由はわかりません。しかし……魔王。彼女が仕組んだことであるということだけは、間違いないようです。彼女は何らかの理由をもって、『ゼロ』を成長、覚醒させ、『レッド・ゼロ』を完成させたかった」
「『レッド・ゼロ』……」
「はい。私たちがこの世界の私たちと戦った際、あちら側のソルテスが最後に見せた紅い“魔力”を伴った現象のことです。ここからは私の推測に過ぎませんが……『レッド・ゼロ』は、『ゼロ』の完成体。世界そのものを破壊するための力です。現に……」
現に、彼らの世界は破壊された。
グランは、机を殴りつけた。
「ふざけるなッ! じゃあ俺たちはもう、俺たちの世界に帰れないというのか! ここは確かに、俺たちの世界に似ている! 守ろうとしていたのも、俺たちにそっくりな連中だった! それでも……ここは、俺たちの世界じゃないッ!」
「はい。その通りです。この話には、続きがあります。……聞いてもらえますか」
ビンスは、部屋の奥へと向かう。
そこにはまだ、黒い扉が残されていた。
ソルテスたちも、そちらへと向かう。
「この先にある空間のことを、便宜的に『スポット』と呼称します。原理はわかりませんが、『スポット』は異なる世界同士をつなぐ役目を担っているようです。世界同士がつながる条件は『ゼロ』を持っている人間がいることと考えられます」
言いながらビンスは、扉に手を当てて“魔力”の珠をこしらえた。
彼らにとっては忌々しい、例の空間が映り込んだ。
先には、鉛色の扉が見える。
「『スポット』の先には、この世界と同じように、私たちがいた場所とは別の世界があるようです。――そこには、『ゼロ』を持つ人間がいます」
ビンスが手に力を込めると、扉が、少しだけ開いた。
ひとりの少年が、そこには映っていた。
年の頃はソルテスと同じ、十歳前後。服装や、彼の背後に映される風景。全て一行が見たことのないものばかりだった。
「扉は、この少年だけを映しています。私は彼こそが、『ゼロ』を持つ人間だと確信しています。いずれこの少年と私たちは、戦う運命にあるのかもしれません。ですがソルテスの『ゼロ』が持つ『ブレイク』能力を、この少年の持つ『ゼロ』に掛け合わせて、破壊の力を極限にまで引き出せば……」
「まさか」
レジーナが、絶句する。
「ええ。破壊の力を一個の物質に過剰集中させることで力場を作り出し、その力を物質の創造や再構築に利用する。ソルテスの得意技ですよね。もっと規模を大きくするのです。この少年をどうにかして『レッド・ゼロ』に覚醒させ、この世界と彼の世界を媒介として利用すれば……私たちの世界を再生させられるかもしれません」
「それが実現できる可能性は、どのくらいだ」
「……あくまでも理論上のことです。一パーセントあるか、どうかでしょう」
「話は決まった!」
グランが声を張り上げた。
「可能性が僅かでもあるのなら、俺はその案に賭けたい。俺は、俺たちの世界を取り戻したい! それだけが望みだ! 俺はやる。この男と、この世界を利用して……! お前たちはどうする」
リブレは、困惑している。
「でもグラン。この世界の人たちは、確かに生きているんだ。僕たちのことを、僕たちが殺したあいつらの事と勘違いして、世界が救われたって、喜んでいるんだ。……僕たちの世界のために、ようやく救われたこの世界を犠牲にするっていうのかい……僕には、そんなこと……」
そこで、ミハイルが前に出た。
「ソルテス、俺の性格っていうか、人間性みたいなものを『破壊』してくれねえか」
「ミハイル!?」
「この世界のことなんて、どうでもいいと思えるくらいに。じゃねえと、リブレの言う通り、世界をぶっこわすなんてできねえんだ。だけどよ……俺だって、俺だって自分の世界を取り戻してえ! この世界には、弟のヴィクトールが、いねえ。理由は、それだけで充分だ」
「私も、お願いします」
今度はビンスが手を上げる。
「可能性は一パーセントと言いましたが、ソルテスが魔王を倒せる確率は、私たちがあなたたちに出会った時点ではもっと低かったはず。『ゼロ』の力が持つ可能性は、それだけ強大です。ソルテス、あなたが望むのなら、私も全力で力を貸しましょう」
レジーナも前に出た。
「同感ですわね。もとより、私たちの目的は、私たちの世界を救うこと。例えどんなに似ていたとしても、この世界は私たちからすれば偽物に他なりませんわ。偽物なんて、捨ててしまえばいい」
グランは、頷いてソルテスを見た。
彼女は、強い眼差しを彼に返した。
答えは、それで充分だった。
リブレは、そんな彼らを見てふるえている。
「本当に……本当にやるのかよ、みんな!?」
ソルテスが剣を抜く。
「うん。リブレ、無理して付き合う必要はないよ。賛同できないと言うのなら、アンバーさんみたいに、抜けてもいい。でも……私たちは、やってみせる。何を犠牲にしてでも……どんなことをしてでも! 私たちは、私たちの世界を、取り戻すッ! もしも私がその『レッド・ゼロ』で消えてしまうのだとしても、構わないッ! 世界を取り戻す準備ができるまで、私は持ちこたえて見せる!」
瞬間、彼女の「ゼロ」が発動する。
輝きは真っ赤だったが、「レッド・ゼロ」として暴走することはないようだった。
リブレを除く全員の体に、輝く亀裂が走る。
彼はそれをしばらくきょろきょろと眺めていたが、やがて、ふっと笑って前に出た。
「今度は、世界を破壊する側か……まるで魔王だね。でも僕たちは進む意志を強く持つことで、ここまで戦ってこられた。勇気をもらえた。命を救われた。だから、ついて行くよ。ソルテス、僕にはきつい奴を頼むね」
彼の体にも同様の亀裂が走る。
ソルテスは、「ゼロ」の大剣を、天へと向けた。
「これより我らは、世界を取り戻すため! この世界の脅威へとなるッ! 私たちはもう勇者なんかじゃない! 世界を破壊する魔王軍だッ!」
ソルテスは地へと大剣を突き刺す。紅い“魔力”が、一行の亀裂を破壊してゆく。
彼女の髪が、真っ赤に染まった。
新たな「魔王軍」が、誕生した瞬間であった。




