その9
一体、何時間が経過しただろうか。
戦局は、大勢が決した。
「ニセモノとは言え、能力はほぼ同じか。なんだか魔王より強かったような気がするよ」
白のリブレが、汗をぬぐう。
黒の一行は、ソルテスとアンバーを残し、全滅していた。
対して白の一行は、全員が無事だった。
「くそっ……! グランさえ残っていれば……!」
傷だらけのアンバーが毒づいたのも、無理もない話であった。
勝負にここまでの差がついたのは、一行のリーダーたるグラン・グリーンの存在によるものであった。最初の攻撃でパーティの要だった彼を失った黒の一行は、終始白の一行に押され続けた。
残った白のグランが、冷たい視線を黒の残党に向ける。
「俺たちは、何があっても全員が無事に帰らなければならない。悪く思うなよ」
「グラン、こいつらはニセモノだって」
リブレに言われたが、グランは何も言わなかった。
「私たちだって……私たちだって、同じだッ! うわあああああっ!」
白のアンバーが、ええいままよと突進する。
だが、その体が瞬時にして燃え出す。
グランは、その様子を無表情で眺めている。
「ああっ……。くそっ……シェリル……ロック……みん……な……!」
「アンバーさん!」
黒こげになったアンバーは動かなくなった。
黒い鎧を着た勇者だけが、残された。
白の一行は、彼女を取り囲んだ。
「油断するなよ。このソルテスも『蒼きつるぎ』を使う。直撃を食えばビンスとレジーナの障壁でも一回耐えられるかどうかだ。確実に行くぞ。リブレはさっきと角度を変えて攻めろ。ビンスはドールを三体増やして連携だ。レジーナ、障壁をもっと強く狭めろ。ミハイルは第二攻撃に備えて“魔力”を溜めておけ」
グランの指示が入り、戦闘態勢が作られる。
「ソルテス、相手はお前にそっくりだが、躊躇はないな。ほかの奴らも、皆迷わなかった」
「う、うん……」
言いながら白のソルテスは、何とも言えない違和感を感じていた。
目の前にいる、自分と仲間の亡骸たち。
どうしてこんなことをしているのだろう。
一体なぜ、こんな戦いを……。
「ちくしょう……」
そこで、残った黒のソルテスが言った。
「やっとここまで来たのに。みんなで、ここまで来たのに。魔王を倒したのに……こんなのって、こんなのって、ないよ」
グランたちはそれを無視して、彼女にとどめを刺す準備に入る。
彼女はそれでも、敢えて自分の気持ちを言葉にしているようだった。
白のソルテスだけが、武器を構えつつも複雑な表情でそれを見ていた。
「どうしてこんなことになっちゃったの。マヤちゃんやコリンになんて言えばいい。私のために死んだジャン、ロベルタ、ミシェルに。みんなになんて言えばいいの。……許さない。あなたたちの正体になんて、興味はない。ただ、絶対に許さない……」
「グラン、準備が整いましたわ」
「よし、行くぞ。全員、タイミングを合わせろ」
グランが指示を出そうとした、その時。
黒のソルテスが、うつむいたまま、強い憎悪を露わにして言い放った。
「お前たちとお前たちが大切にしているもの全て、破壊してやるッ! 『つるぎ』よ、そのための力を、私に……私に、よこせえぇっ!」
彼女の体が紅く輝き出した。
突風が吹き、グランたちは目を見張った。
「まずい……『紅い力』だ! やばいぞッ! あれはやばいッ! 全員、急げ!」
黒のソルテスは悲鳴じみた声を上げながら、紅く輝く“魔力”を放出する。彼女の胸をつき破るようにして、紅い大剣が姿を現した。
「『蒼きつるぎ』……いや、この紅い、紅い剣よ! こいつらの体に、私のこの怒りを! 悲しみを! 虚しさをッ! 刻みつけろおおおッ!」
グランは判断する。
もう、攻撃は間に合わない。
「全員、攻撃をやめて全“魔力”を障壁に集めろッ!」
「うおおおおおおおおーーーッ!!」
紅い剣が、同色の輝きを伴って放たれた。
“魔力”を集中し、ぶ厚い障壁を張った白の一行だったが、剣はその頭上を越えて飛んでゆく。
ビンスが後ろを振り返った。
「まさか!」
その、まさかであった。
紅い剣は、彼らのやってきた白い扉へと突き刺さった。
「お前たちの世界を、『破壊』するッ!」
黒のソルテスの叫びと共に、輝きを増した紅い剣がぐるりと回転し、扉をこじ開ける。
扉の先には、白の一行が死闘を演じていた魔王の城内部が見えた。
グランが飛び出して剣を掴もうと試みたが、障壁に弾き飛ばされた。
「や……やめろおおおッ!」
剣が回転を速めると、扉の先の世界が歪んでいった。
キーンという耳を裂くような高音と共に、世界が回転を始める。
魔王の城内部が、がらがらと崩壊してゆく。
次に見えたのは海。そして、彼らが旅路の中で巡った街。人々。空。それらが映り込んでは消え、また消え、また消え。
紅い剣は全てを飲み込み、最後に扉を破壊した。
「はははは……ははははははっ!」
それを見た黒のソルテスは、狂ったように笑う。
狂ったように笑いながら、涙を流した。
だが彼女は、それでも笑い続けた。
そうするしか、なかったのである。
空間の中に、虚しい笑い声が響く。
全員が、動けない。戦うための思考を、続けられない。
黒のソルテスの体が、だんだんと透けて消えてゆく。
彼女は最後まで、涙を流しながら、笑っていた。
こうして、悲しみ以外何も生まなかった戦いが終わりを告げた。




