その8
わけが、わからない。
全員がそんな顔をしていた。
自分たちの目の前にいるのは、ほかでもない自分たち。
それぞれ、衣服や髪の長さなどが微妙に異なっているものの、それは「そっくりさん」などと言う言葉では片づけられないほど、異質だった。
その人間が放つ存在感というもの。
それが、まるきり同じであった。
まるで、鏡合わせにしたかのようにして、彼らは同時に存在していた。
「どういう……ことだ」
先にこの場に降りた、白い扉のグラン・グリーンが言う。
「これは……!?」
後から来た、黒い扉のグラン・グリーンが言う。
「僕たちだ……僕たちが、いる。それにアンバーさんも」
「何なんだ」
「訳がわかりませんね」
お互い混乱していたが、一歩踏み出したのは二人のミハイル・テツナーであった。
「罠だ!」
「こいつらは幻影ッ! これは魔王の残した最後のトラップに違いねえ! 俺たちを混乱させるために、こんなものを作ったんだ! そうに決まっているッ!」
二人は同調するように言った。
白い扉のリブレが、ビンスにたずねる。
「できるの、そんなことが」
「……確かに幻術を使えば、できなくはありません。ただ、私たち全員が同じ光景を見ているのが不可解です。それに幻術をかけられているのでしたら、私の張っている障壁がとっくに反応を示しているはずです」
「細かいこと気にしてんじゃねえよビンス! こいつらは敵だ!」
白い扉のミハイルが、その場を飛び出す。
黒い扉のミハイルも対抗しようとしたが、それを黒のグランが止めた。彼の腕には、小さな電撃が火花のように散っている。
「やめろ、ミハイル。訳もわからずに戦ってしまうのは危険だ。それでも戦うというのなら……電撃を食らってもらうぞ」
「ちっ……うるせえな……うるせえが、お前の判断はいつも正しい」
黒のミハイルは手をぱっと広げ、戦う意志がないことを示した。
白のミハイルも、止まった。
二人のグランの目が合う。
「お前たちはどこから来た」
「魔王の城からだ」
「名前は」
「グラン・グリーン」
「……信じがたいことだが、どうやらお前は、俺、ということになるらしいな」
「そうらしいね」
奇妙な会話が続く。
「一体どうやってここまで来た?」
「魔王を倒した後、ここにいるソルテスの力が暴走して、強制的に連れて来られた。君達もか?」
「ああ。そっちのソルテスも、『蒼きつるぎ』を使うのか?」
「そうだ。俺たちは魔王を倒すために」
会話が、そこで止まった。
黒のグランが、そこで血を吐いたのである。
「なっ!?」
場が凍り付く。
彼は、膝をついてその場に倒れた。
全員の視線が、一人の少女へと注がれる。
「ソルテス!?」
白のソルテスは、ただそこに立っているだけだった。
しかし腕に握られた「蒼きつるぎ」の刀身が伸び、対面する黒のグランの胸へと刺さっていた。
彼女は、それを信じられない、といった様子で見ていた。
「えっ……」
「ソルテス、一体何をッ!?」
「罠だ! やっぱり、罠だったんだッ! 貴様等ッ、よくもグランをッ!」
黒のソルテスが、「蒼きつるぎ」を呼び出す。
呼応するようにして、全員が「ブレイク」能力を解放する。
こうして、悲劇が始まった。
「ニセモノどもがああッ!」
「魔王の罠が作り出した幻術よ、消えろッ!」
「最後の最後で、ふざけた真似をッ!」
「やめろ……みんな……ソルテス……。戦っちゃいけない……。戦いは終わったはずなんだ……これ以上、『ブレイク』を使っちゃいけない……! 誰か、誰か止めてくれ……誰か……! 俺は、マヤの所に戻らなくちゃいけないんだ……! 父さんの電撃魔法の強さを、世に知らしめなくちゃならないんだ……! こんな、こんなところで、俺は終われないんだ……」
倒れていた黒のグラン・グリーンは必死に言ったが、もう一人の自分が放った魔法の余波をくらい、そのまま絶命した。




