その3
「大儀であった」
玉座に座るベルスタ王が、恰幅のいい体を揺らしながら厳かに言った。隼人は赤いじゅうたんの上に立って、彼と対面している。すぐ横にはマヤがひざをついて頭を下げている。
「魔王の目的は、おそらくこのベルスタを壊滅させることにあったはず。あのレッド・ドラゴンを失うことなど、やつは予想だにしていなかっただろう。国が救われたのは君のおかげだ」
「は、はあ」
隼人が気のない返事をするので、マヤがじろりと彼を見る。
「私からも礼を言わせてくれ」
王の横に立っている壮年男性が言った。彼には見覚えがあった。騎士団がごたごたと騒いでいる時に、的確な指示を与えていた。
「私は騎士団長のフィリップという。レッド・ドラゴンは騎士団が全員でかかっても苦労する相手だ。正直、あのまま放っておいたら被害は広がる一方だったろう。『蒼きつるぎ』の勇者に感謝している」
「は、はい」
隼人は明らかにあがっている。マヤが顔をあげた。
「王様、よろしいでしょうか」
王は頷いた。マヤは立ち上がった。
「ソルテスが魔王として君臨し、『蒼きつるぎ』の勇者が現れた以上、魔王の島の封印を解くべき時が来たのではないかと思います」
「うむ」
「ま、魔王の島?」
隼人の質問にフィリップが答えた。
「その名の通り、かつての魔王が拠点としていた島だ。ソルテスは過去に勇者としてこの島に向かい、魔王を打破したのち、島全体を魔法で封印した。ソルテスはおそらくそこにいると見ていいだろう。封印のカギとなる宝玉は、ベルスタ、ザイド、ラングウィッツの三国内のほこらに安置されている……のだが、“魔力”が強すぎて私たちでは近づくことすらできない」
「そこで、だ」
王が咳払いをした。
「『蒼きつるぎ』の勇者よ、君にこの三つの封印の解除を頼みたい」
「ええっ!?」
隼人はとうとう尻餅をついてしまった。マヤがため息をつく。
「ハヤト君、封印は『蒼きつるぎ』じゃないと解けないそうなの。あなたにしかできないのよ」
「そんな、いきなり言われても……」
フィリップは頼りないな、と言ったふうに小さくかぶりをふった。
「ハヤト君と言ったな。どうか頼む。私たち騎士団は、街の治安維持と、来るべき魔王との決戦に備えるため、動くことができない。昨日から移動系統の魔法が一切使えなくなり、ザイド、ラングウィッツの両国にも連絡がつかなくなってしまった。おそらく魔王の仕業だろう。君だけが頼りなんだ」
隼人は何も言い返せなくなった。
あの剣でしか、できない。つまり自分がいかない限りは封印は解けない。
隼人は座ったまま、うつむいた。
どうしようか。
自分にしかできないなら、やるしかない。
でも、恐ろしい。この夢の世界が恐ろしい。もう二回も怖い思いをしたのだ。
戻りたい。家に戻りたい。
どうしてこんなことをしなければならないのだろう……。
「あ、あのですね……」
隼人は、震えた声で言った。
断ろう。断って、家に戻る手段を探そう。もしかしたら夢かもしれない。きっとどこかに逃げているうちに、家のベッドで目をさますかもしれない。
「俺、まだよくわかってなくって……悪いんですけど……そんな、冒険みたいなこと……」
冒険。
隼人は、はっとして口をつぐんだ。
「冒険」。唯に似た、赤い髪の少女は確かにそう言った。
「冒険……」
隼人は立ち上がった。
そうだ。やはりあれは唯なのだ。
魔王ソルテスは、妹の唯なのだ。
彼女に会えば、この理解不能な夢のことがわかるかもしれない。
いや、もはや認めるしかない。
ここは夢ではない。別のどこかだ。
唯に、連れて来られてしまったのだ。
彼女を探さなければ。
魔王ソルテスを、探さなければ。
「おお……」
王とフィリップがうなった。隼人の体が、うすく光を放ちだした。
隼人は顔をあげた。その目は蒼く輝いていた。
「行きます。俺が封印を解いて、魔王の島へ渡ります!」
ハヤトは決心した。
魔王ソルテス……いや、ユイに会いにいこう。