その6
“魔力”の約八十パーセントを消費する、自身最大の技を放ったソルテスは、息を荒げながらも、なんとか意識を保っていた。
そして、見た。上半身と下半身をばらけさせた魔王が、青い血にまみれて床にうずくまっているところを。
「はあ、はあ……」
全員がしばらく、なにも言えなかった。
ただ、その場に立っていた。
だが視線だけは、憎き宿敵へと、自然に注がれていた。
魔王が、真っ二つになって倒れている。
動きすらしない。
「倒したぞ……」
グラン・グリーンが、よろよろとその死骸へと、歩みよる。
そして、声を絞り出すようにして叫んだ。
「倒した……倒したんだ……! あの魔王を……俺たちが! 俺たちが勝ったんだッ! うおおおおーーーっ!」
グランが感情を爆発させるのを見て、それまで信じられないという顔をしていたリブレが、彼に抱き寄る。
「ちょっ……何すんだよ、リブレ!」
「ぼ、僕たちは……本当に、勝ったんだ! 夢じゃないよね!? つねってくれよ、グラン!」
「何言ってんだ、現実だ! おら!」
「いてててて! 強く引っ張りすぎだよ! でも、やったああ!」
それを見て、ミハイルが声を上げる。
「よっしゃああーっ! やったぜ、俺たちが最強だーッ!」
レジーナは、今にも力つきそうなビンスに向けて、回復魔法をかけた。彼女は目尻に涙を貯めている。
「ビンス、やりましたわ……! お姉さまの仇は、ぶじ……! あなたのおかげですわ」
「そうですか……。とうとう、戦いが終わったのですね」
全員が歓喜の声を上げるなか、ソルテスだけが、魔王の死骸を見ていた。
「はあ、はあ……」
自分の親を殺した、憎き敵。
仲間を殺した、倒すべき相手。
自分の、生きる目的。
魔王が、朽ちてゆく。
様々な想いが交錯し、彼女はその目から涙を一粒、ぽとりと落とした。
「終わった……。これで、全部終わったんだ」
彼女が、そう言った瞬間の出来事だった。
魔王と戦っていた部屋の奥から、強大な“魔力”を伴った衝撃が起こった。
全員が、その瞬間に喜ぶのをやめた。
やめざるを得なかった。
その“魔力”量は、魔王のそれを遙かに凌駕していたのである。
「な、なに……?」
ソルテスが言うと、もう一度衝撃が起こり、突風が吹いた。
彼女の瞳が、紅く輝いてゆく。
すぐにグランが駆け寄る。
「ソルテス!? 一体どうした!?」
「わ、わからないの! 急に……力がっ!」
ソルテスの悲鳴と共に、彼女の体を紅い輝きが包んでゆく。
ほぼ同時に、部屋の奥から同様の輝きを伴った巨大な板が現れた。
冷たい鉛色をした板の中心に、一筋の線が引かれる。
板は、両開きの扉となった。
「な、なんだ……? 魔王の残した、最後の切り札か……?」
リブレがそう言うと同時に、足を一歩踏み出す。
彼は、とたんに表情を変えた。
「なっ……足が、勝手に!?」
「向かっていく……!? なんですの、これはっ!」
リブレ、レジーナ、ビンス、ミハイル、グラン。
そして、紅い輝きを放つソルテス。
全員が、引き寄せられるかのようにして、扉へと向かう。
「罠か!? 誰か動けないのかっ!」
「ダメです……! 止まらない! “魔力”を練ることすらできません!」
扉は、それを歓迎するかのように、その堅そうな板をゆっくりと開いてゆく。
それはまるで、運命かのごとく。
勇者一行は、扉の中へと入っていった。




